このSSはBLE◆CHの「京楽×スターク」のCPSSです。
腐的表現に抵抗のある方は、自己回避でお願い致します。
尚、永らく再掲して来た「京スタ」もこのSSで最後になります。
お読み頂いた方々、本当に有難うございました。
またお話が天から降って来たら書きたいと思う二人です。
作品を御覧になる方は下へスクロールしてご覧下さい。
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<竜胆は春風に揺れる>
その日。護廷十三隊八番隊隊長、京楽春水は何度目かになる大きな溜息を吐いた。
京楽の自邸である大きな屋敷の縁側。
傍らには痩躯の男が肩に凭れ目を閉じている。
肩まである漆黒の髪が緩やかに風に揺れて男の頬を撫でている。
晩春の風は暖かだが、陽が傾くに連れて冷気を含んで来ていた。
しかし男が目を開ける気配は無い。
一重に見える切れ長の瞳は頑なに閉じられて居て、心成しか目許には涙の痕が見て取れる。
屋敷に来る前に男が身に纏っていた物は衣服と呼べる代物では無かった為、
今は京楽の着物を着せていたが、開けた胸元から覗く傷痕が痛々しく、
京楽は苦しげに眉を寄せた。
男の名はコヨーテ・スターク。
少し前までは虚圏(ウェコムンド)でも恐れられた十刃(エスパーダ)でも、
第1の名を冠した第1十刃(プリメーラ・エスパーダ)と呼ばれる存在だった。
しかし、京楽は藍染率いる破面(アランカル)達の現世侵攻の闘いの際、
確かにこのスタークを倒した。
しかし、彼はそれから一ヶ月余り経った後に驚くべき場所で発見された。
元々華奢と言える程だった肢体は、哀れな程に痩せ細り、
憂いを帯びてはいたものの第1十刃(プリメーラ・エスパーダ)として威厳に満ちていた相貌は、
恐怖と羞恥に塗り変えられ、幾重にも張り廻らされた頑強な牢の奥、
身を丸め怯えて震えながら彼は居たのだ。
牢のあった場所。
初めて京楽がその事実を知った時、彼の過酷な運命と、
その運命に陥れてしまった自らの甘さに眩暈を覚えた。
彼は有ろう事か涅マユリに拉致され、
技術開発局で一ヶ月以上も非人道的な人体実験の材料として扱われていたのだ。
早急に対策本部が設立され護廷十三隊が裏で動き、
八番隊隊長として京楽がスターク救出に入り、事無きを得たのだ。
瀕死の状態で発見されたスタークを四番隊隊長卯ノ花烈は何日も寝ずに措置し、
何とか命を繋ぎ止めた。
しかし、それからが闘いだった。
スタークは意識を回復するのと同時に錯乱状態に陥り、
その精神がほぼ崩壊寸前だった事が判明したのだ。
第1十刃だったスタークを此処まで追い詰める程の非道な拷問紛いの実験。
改めて十二番隊隊長涅マユリを糾弾する声が上がり、
そして今日の巳の刻で開かれた隊主会で無期の十二番隊隊長資格、
合わせて技術開発局局長資格の剥奪処分が決定となったのである。
その隊主会にスタークは被害者として発言するべく呼び出しを受けた。
四番隊隊長卯の花烈は、まだ大勢の人と対面出来る状態では無いと訴えたが、
本人自らが行くと言ったのだ。
京楽は懸念していたが、案の定、
スタークは威圧感のある隊長達の前で震えが止まらなくなり、
元凶である涅マユリの顔を見ただけで恐慌状態に陥り、失神してしまったのだ。
そして自邸に保護し今に至る。
京楽は再び溜息を吐いた。
肩に凭れる重みが余りにも軽過ぎて胸が痛む。
何故、隊主会に行かせてしまったのか。
後悔しても遅い。
羽織りの裾にしがみ付き、震えながら「隊長さん…隊長さん…」
と怯えて呪文のように繰り返すスタークの姿が忘れられない。
何故、あの時、止めを刺さなかったのか。
何故、牢で発見した際に縊り殺してやらなかったのか。
何故、何故。
何度も自問しては、溜息を繰り返す。
答えは全て分かっているのだ。
しかし、護廷十三隊隊長として、それは許されない想いだ。
スタークは虚圏(ウェコムンド)の破面(アランカル)。
その存在は敵。その存在は護廷十三隊隊長とは対極の立場なのだ。
「…………ん…、た…ちょ……さ……」
スタークがふるりと身震いして京楽の温かい胸元に身を寄せて来た。
陽が傾き、そろそろ申の刻にもなるのだろう。
足許から冷気が上がって来ている。
京楽は羽織りを開けてスタークの腰を引き寄せてやった。
同性で然も無精髭も生えた男に縋られるなど、普通では考えられないが、
何故かスタークには抵抗が無かった。
蒼い炎の狼達を率い、鋭い眼差しで睨み付けて来た面影は何処にもない。
不安気な儚い印象は庭で揺れる竜胆(りんどう)を思わせた。
「竜胆の花言葉は確か……」
京楽は其処で考えるのを止めた。
スタークが小さく身動ぎしたからだ。
スタークは薄灰の瞳を開くと暫く呆けていた。
状況が呑み込めないのだろう。
天界のように綺麗に造り込まれた京楽邸の中庭を眺めてから囁くように呟いた。
「………此処にいていい筈がない……よな…。
…冗談にしちゃぁ……性質悪ぃぜ……ホント……」
京楽は完全に覚醒しないまま呟くスタークの言葉に少なからず傷付いた。
スタークは尚も続ける。
「……あそこに……戻るのは……もぉ……無理…だ………。
あぁ……でも……これが……天罰って奴なのか……。
なら……リリネットの奴だけでも……此処に連れて来てやって欲しーな……。
あいつは……優しーから…」
スタークは再び瞳を閉じる。
唇を噛み締め、小刻みに耐えて居たが、やがてその目尻から一滴の涙が頬を伝った。
「………一人になる事だけで……充分俺には天罰なんだ……。
もう……もう…楽になりたい……。楽にしてくれ……。頼む……。…頼む……隊長さ………」
京楽は突然振られ、驚愕に目を見開いた。
細腕で京楽の袖に掴まりスタークは身を起こすと、しっかりと視線を合わせて来た。
既に水色にも見える薄灰の瞳に光が宿り、意志の強さが垣間見えた。
咄嗟に京楽は反応出来なかった。
闘いの場では非情とも言える働きをする自分が身動ぎも出来ない。
そんな自分自身に一番驚いていた。
戦場では簡単に「分かった」と言い、刀を振るえる自信がある。
そんな簡単な事がスタークには出来ないのだ。
確かにこのまま生き永らえると言う事はスタークに苦しみしか与えない。
それは分かっているのだ。
しかし、それでは余りにも彼が不憫だった。
藍染の手駒として仲間を喪い、半身とも言える少女を失い、あんなに恐れた孤独の中、
敵中に浚われ凌辱の限りを尽くされたのだ。
スタークの境遇を考えると、京楽には刀を抜く事がどうしても出来なかった。
あの闘いの際、無情に彼を切り捨てた自分が、何て都合のいい話だろう。
京楽は自分の利己的な考えに愕然とした。
それはある意味、死よりも残酷な行い。
彼の望む物を与えない。残酷な仕打ち。
「…………隊長……さん………?どうし………」
顔を俯かせ、何も答えない京楽にスタークは不審に思い、
下から覗き込むように上目遣いで見詰める。
「……御免ね。それは出来ない。出来ないんだよ、スターク」
何故と言い掛けて、スタークは口を噤んだ。
傷付いた自分より苦しげな顔で京楽が謝罪して来たからだった。
あんなに淡々と戦闘を仕掛けて来た男が、
どうにもならない自分を持て余しているかのように、雄々しい顔を歪ませていた。
スタークはふわりと京楽に抱き締められる。
一瞬身を強張らせたが京楽が自分に絶対酷い事はしないと何故か確信していた。
理由は分からない。
一度目は戦場で。二度目は今。
彼はスタークに死をもたらす事は無かった。
それはある意味、もっと残酷な事なのだと分かってはいる。
しかし、スタークは京楽を憎む事は出来なかった。
あの牢の奥、差し延べられた力強い手。
「死ぬな」と抱き締めてくれた温かな胸。
それは今も同じ。
夜の帳が降りて来る。
初夏が近づく春の風に庭先の竜胆はただ哀しげに揺れていた。
<了>
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オチなんてないんですけどね。
竜胆の花言葉は「悲しんでいるあなたを愛する」ぐっと来ます。