アカリは暗い道を急いでいた。
時刻は18時。
暦の上では春とはいえ、顔を掠める空気は痛いほど冷たい。
厚いコートの襟をぎゅっと握りしめ、少しでも冷たい空気から逃れようと身体を縮ませる。
月は微かに明るいが、星は見えない薄曇りの夜だった。
夕方にかけてどうしても外せない用事があり、仕事場へ遅れることはお店のママには伝えてあったから、それは問題ではない。
気にしているのは、そのママへのプレゼントだ。ポケットに入るほどの小さな箱だから、失くしそうで何度も気にしてしまう。
『夜のお店』という仕事上、いろいろなトラブルもあったけれど、その度に助けてくれるママ。感謝し尽くせない。
お店の裏口にまわるため、街灯の灯りも届かない裏路地に入ったところで、アカリはもう一度、ポケットの中に手を入れて確認した。
…が、それがいけなかった。
『ドンッ』
ポケットの中の小さな箱に触れたそのタイミングで、どこからともなく真っ黒な犬がアカリの脚にぶつかるように走り抜けた。
その衝撃で、アカリの指に箱が引っかかったまま、ポケットから手を引き抜く形でよろけた身体のバランスをとる。
『パタッ』
箱がアスファルトに落ちる音が微かに聞こえたが、倒れそうになった体勢を立て直すのに、思いがけず時間がかかってしまう。
靴がかかとの高いパンプスだったせいだ。
やはり、通勤中はスニーカーにしておけばよかったと悔いたが遅い。
やっとの思いで体勢を直したときには、プレゼントの小箱がどこに落ちたのか分からなくなっていた。
「うそ…!」
足元は真っ暗だ。
慌ててスマホを取り出し、ライトを点ける。
見当たらない。
慌ててしゃがみ込むように地面にライトを充てながら小箱を探す。坂道でもないし、箱なのだから転がるはずはない。
アカリは「ない、ない、ない」と口の中で呟きながら炉端の物陰まで探し始めた。
「どうしよう…」
アスファルトに膝をつき、うなだれながら泣きそうな声で呟いたときだ。
「探しものは、これか?」
暗闇から、男の声がした。
顔を上げると、店の裏口にある小さな電灯を背に、男が立っていた。
影になっているせいか、顔はよく見えない。
「これを探しているのではないのか?」
男が差し出した手には、小さな箱が乗せられている。
「あっ、そ…それです!」
アカリは思わず声を上げた。男が不審だとか、そういう考えをこえて、探しものを見つけた喜びがあふれてきた。
「なら、受け取れ」
物言いは偉ぶっているようだが、感情を感じない冷たい響きに思わず尻込みした。
だが、それは確かに探しものだ。
アカリはおそるおそる手を伸ばし、
「見つけて頂いて、ありがとうございます」
礼を口にしながら、小箱を受け取った。
小箱を手に取ると、探しものを手にした安堵と喜びに満たされ、思わず、
「お礼に、よかったらお店に来ませんか? もちろん、わたしのおごりで…」
す。
口の中で言葉は消えてしまった。
そこにはもう、暗がりしかなかったのだから。
《続く》