アカリの様子は日に日におかしくなっていった。
心ここにあらずといった様子で、あらぬ方を見てはぼんやりしたり、客の前でも立ち尽くしてみたり、はたまた声をかければ怒鳴ることすらある。
客からも気味悪がられ、ママはアカリに掃除などだけ任せたが、それすらおぼつかない。
そして、ついに、アカリは店に来なくなった。
開店準備をしながら、ママはため息をついた。
いったい、何が起きているのかなさっぱりわからない上に、誰に相談していいのかもわからない。
アカリの実親に会ったことはないが、本人から家庭が冷え切っていることは聞いている。
というより、相談できる家庭があるなら、こうして一緒にいないだろう。
「やぁ、ショウコさん、いるかい?」
ショウコというのは、ママの名前だ。ママを名前で呼ぶ人は限られている。
ましてや、準備中に入ってくるのは、ママ…祥子をよく知る古客…トシオだった。
「トシオさん、まだ早いわよ」
ショウコが顔を上げると、見慣れたトシオの隣に、見覚えない男が立っていた。ショウコは慌てて居住まいを整え、
「まあ、お友達? ごめんなさいね、すぐ用意しますから」
「いやいや、客でもあるんだけどね、違うんだ」
トシオはショウコを止め、腕時計をちらりと見た。開店まで30分はある。
「注文は開店してからにするよ。それより、この人を紹介させてくれ」
「え、ええ…」
「はじめまして」
トシオの隣にいる男が口端を少し上げて名刺を差し出した。
『霊視師』
「れいしし?」
「そうなんだ、この人…タカミツくんはね、俺たちには見えないものが視えるんだよ」
「えっ…」
ショウコは驚いてタカミツを見る。痩身で背が高く、キレイとはいえない背広に、強いくせ毛の髪。
やはりクタクタの鞄を左手に持ち、右手で眼鏡を何度も押し上げていた。
「アカリちゃん、どうにも心配でね…」
そういえば、トシオは一昨日来てくれたとき、アカリを相手していた。
「おせっかいだったら、すまないね」
トシオの言葉に涙ぐむ。よかった、アカリを心配してくれる人がいた。
そのことが、自分のことのように嬉しい。
「タカミツくん、何か視えるかい?」
「…ここには、何も。やはり、本人だろうな」
そう言いながら、眼鏡を上げたり下げたりしている。
「影が見えるって、言って怯えていたの、アカリ」
そう言って、アカリがどんな様子だったか、何を話したか、二人に……というより、自分に語りかけるように話した。
「影返し」
「カゲカエシ? なんだ、それは」
「その娘さんは、幽霊の影を踏んだんだろう」
「幽霊の影……?」
「……詳しくは後だ。話を聞いた限りだが、進行が早すぎる、すぐに見に行ったほうがいい」
「い、今からか?」
トシオが驚いて目を丸くした。
とりあえず視てもらえば大丈夫ぐらいに思っていたから、飲むつもりの気楽さで来たのだ。
「臨時休業にするわ、タカミツさん、お願いします!」
言うが早いか、ショウコは戸締まりをしてから分厚いコートを羽織ると、店の入口も施錠し、臨時休業の札を掲げてしまった。
「アカリの家に案内します………どうか、アカリを助けて……!」
タカミツはゆっくりと頷き、3人でアカリの家へ向かった。
〘続く〙