アカリの頬を、涙が零れ落ちた。
ひとしずく、そしてまた、ひとしずく。
次々と流れ落ちるごとに込み上げてくる感情に耐えきれず、嗚咽が漏れる。
その瞳に、静かな光が灯るのを3人は見た。
「わ、わたし……、ごめ…っ」
ひっくと喉が鳴り、言葉にならない。
「焦らなくていい、だれもアカリさんを急かしたりしないから」
アカリは、自分を包んでくれていた『かれ』が、消えていくのを感じていた。
何故泣いているのかわからない。
『かれ』がいなくなることが寂しいのか、ずっと寂しかったことがわかったからなのか、ママの想いを感じたからなのか。
ずっと抑え込んできた感情は複雑にからみあい、膨らんで巨大化し、言葉に表すことなどできなかった。
ただ、分かることといえば、同じような思いを『かれ』もしてきたこと。そして、今、アカリと同じように光が灯されたこと。
「お前さんは優しい。だからこそ、一方的に奪うような悪霊にはならなかった」
わかってほしいと思う気持ちが、道に迷う内に歪んで影となってしまったのだろう。
それでも、一方的に取り憑くことをせず、与えることで認められようとしたのだ。
間違えたことは事実だとしても、許せないと言うことはできなかった。心の弱い部分は、誰にでもある。
『かれ』が、アカリをぎゅっと抱きしめた。
アカリが顔を上げると、『かれ』は、すぅっと消えてしまった。アカリにだけ視える、穏やかな笑顔を心に残して。
「うん、サヨナラ…」
アカリはそっとつぶやき、そして小さく手を振った。
その瞬間、部屋の電気がパッと点いた。
「ええっ? これも、その、ソイツの仕業かい?」
トシオが驚いたように電気を見上げた。
「光が眩しすぎるからな、ああいうヤツラには」
タカミツが頷く。
「アカリ……」
「ママ…」
ショウコがアカリの前に膝をつくと、アカリの目から大粒の涙が溢れた。
「ひ、ヒドイこと、言って…、ご、ごめんなさい…っ」
「いいのよ、アカリ……おかえり」
「ママ、ママぁ…、っ!!!」
ショウコがアカリを優しく抱きしめると、アカリは大声をあげて、泣きじゃくる。
本当は、ずっとずっと、そうやって甘えたかったのだろう。
タカミツとトシオは、顔を見合わせると、そろっと部屋を出ることにした。
玄関を閉めるときにはガシャンと音がしてしまったが、アカリの泣き声は止まらなかったから邪魔にはならなかったはずだ。
アパートを出ると、綺麗な月が浮かんでいた。
星も無数に散らばっている。
「アカリちゃん、元気になるといいなぁ」
トシオがぽつんと呟いた。
タカミツは静かに、夜空に消えた影を視ていた。
(エピローグへ)