下手な横好き

先人から学ぶ

朝日・・・・・・・昨日の5時前





陽の登る国・・・・・・一日も早い復興を朝日に祈ります。


津波の教訓、歴史に学べ=伝承、石碑に残る戒め―明治三陸津波から115年

時事通信 6月15日(水)4時58分配信

 1896年(明治29年)に東北地方太平洋側を襲い、約2万2000人が死亡した明治三陸地震の大津波から、15日夜で丸115年となる。

東日本大震災で再び大津波に見舞われた被災地の人々は、先祖の言い伝えや路傍の石碑の教訓に再び注目している。
 
岩手県大船渡市の綾里(りょうり)地区。明治三陸地震では津波が二つの湾から丘を駆け上がり、頂上付近で合流、高さ38.2メートルまで達した。

震災前は最大の津波とされ、衝突地点は「道合」と呼ばれる。
 
近くに住む農業熊谷正吾さん(85)は、子どものころ明治三陸地震の悲劇を祖父から何度も聞かされた。

夜、大砲のような音を響かせて集落を襲い約200人が死亡。

生存者は、お使いで高台の家を訪ねていた祖父ら十数人だけだった。
 
「地震が来たら、どこにいても上へ上がれ」。

炉端で涙ながらに体験を語った祖父が決まって言う言葉だった。

熊谷さんも言いつけを守り、その後地区を襲った昭和三陸津波やチリ津波でも避難を欠かさなかった。
 
高台に移り、震災で津波被害を免れた同地区。

それでも熊谷さんは「波は来る方角で高さが変わる。

常にこれ以上のものが来ると頭に入れておくべきだ」と厳しい表情で語る。

 「過去の津波の高さの資料はないか」。

宮古市の消防団員浜崎弘さん(63)は、20年前の同僚の言葉をきっかけに、市内の津波記念碑を調べ続けている。

6月から、今回の震災で高さ40.5メートルまで津波が押し寄せたという重茂半島の姉吉地区などを調べた。
 
「此処(ここ)より下に家を建てるな」と刻まれた同地区の石碑は残っていたが、半島に13基あった石碑のうち6基は波で流失。

「体をえぐられた気分」と顔をしかめた。・・・・・・以上記事からです。

先人に学ぶ・・・・・・・大切ですね。

今一番日本で失われている事ではと最近特に感じますね。

先人に学ぶ=私は先人を尊ぶにもつながっていると思っています。

人として他人に迷惑をかけないで生きていく事を先人は色々な面で教えてくれています。

またことわざとしても色々な言葉で残されていますね。

この気持ちが少ないから、福島原発の大惨事を引き起こしたのではないでしょうか。

経済が発展し、生活文化は高まり生活は贅沢に成りましたが、人として何かが先人に比べて欠けているのでは。

根底にあるのが人としておごり思っています。

そして何事も自己に都合よく解釈をする。他人の迷惑を顧みない。弱者に暴力を振るう・・・・・・・・・など等です。

これは先人から学ぶ事を知らない家庭にはじまり地域・学校教育にも起因するのでは。

余談になりますが,退陣を表明された菅総理は総理の椅子に怨念が有るのか、まだまだご執心の様ですね。

国民の一人として今更と言う思いと、一度お辞めに成ると決意され方に、この国の行く末を任せたくない気持ちを持ちますが・・・・・・・

皆様は如何でしょうか?

そこで、以前も言いましたが、

菅総理に先人からの言葉を贈りたいです・・・・・・・・飛ぶ鳥跡を濁さず   
                                                                身を捨ててこそ浮かぶ瀬も有り

生意気な事を申しますが、一日も早くご決断され身を捨てれば、少しは被災地の復興も早まると思われます。






写真を趣味に高齢者の戯言

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