映える
今日は、そろそろブログ再開と思っていますが、一度長く休むと気力が伴わないのですね。
今年で70歳を迎えるのですが、やはり体力・気力・知力が落ちているのを実感です。
振り返れば2007年2月に初稿してはや9年経っていました。
2週間休みました。
これほど長く休んだ記憶は思い浮かびません。
それで初稿を振り返って読みました。
創業(平成8年)からとことん真面目な住まいづくりに取り組んできた自負が
強くにじませた初稿です。
お時間があれば読んで下さい。
http://blog.goo.ne.jp/asahi100nen/m/200702
さて、先日の10日母が亡くなりました。
葬儀告別式……等々済ませ、少し落ち着いた今日この頃です。
その母ですが、大正生まれ、昭和の激動期・・・・・勉学に励み当時の女学校を卒業、
今は合併して名前は変わりましたが三和銀行に勤め、そして当時軍人であった父に
嫁ぎました。
しかし敗戦を迎え母の運命は大きく変わったのでしょう。
戦後、父は軍人から家業の農業を継ぎ、そしていつしか地方で今で言う地域の
ボランティア、そして政治活動に・・・・・その父を支え、私たち兄弟姉妹を
育ていました。
しかし、頼みの父は58歳の若さで亡くなりました。
働きすぎですね。
この間、母は祖父母を看取りました。
当時の農家は当たり前で、朝は早くから、そして夜なべと本当に休む間の
ない日々だったと子供心に記憶しています。
その無理が60代後半から出て体調を壊したのを機会に此方で同居するようにしました。
この間ホームステイをしながらでしたが、妻の同居もお陰と感謝しています。
かれこれ20年ほど続きました。
そして4年ほど前から施設に入り、看護師さんから手厚く看護を受け楽しそうな
療養生活を送っていました。
亡くなる数日前から好きだった唱歌を枕もとに、妻と妹、私に看取られ静かに
旅立ちました。
その母に合唱です。