大きなガラス窓から月明かりが照らすこの場所は、まるでゼリーで固めたように静かで綺麗に止まっている。それを背にして誰もいない『研究室』の広い一階のロビーに私の長い影を作ると、どこか嘘っぽい非常灯が隅で光っていた。先生達だって知らない秘密の鍵穴で閉じ込めたこの時間に、私達は二人だけで出会う。
それに今日は嬉しい知らせがあるんだ。早く伝えたい。どうやったら分かってもらえるだろう?どうやったら伝わるだろう?でも、うまくいったら…きっと彼女は喜んでくれるに違いない。想像するだけで、鼓動を打つ度に胸をしめつけるこの重く鈍い痛みも、今は生きてる感覚になって響くのだから不思議だ。水玉模様のパジャマから伸びた青白く透き通った指先も、私を支えてくれたはかない命のともし火のようで思わず感謝をしたくなる。
私はひんやりとした窓ガラスに身を持たせながら、彼女から教えてもらった歌をかすれるくらいに小さな声で震わせた。私はこの歌が好きだ。それに歌っている彼女を見るのも。甘いトーンに少し物憂げででも優しい旋律。早く来ないかな。でも、待っているこの時間もとても大切にしたい。そんな気持ちに揺れながら私は歌っていた。