結局アノンとは会えなかった。それにあの曲の正体もデウ・エクス・マキーナのことも分からないまま。全て宙ぶらりのまま、僕は三度目のあの日を迎えることになる。これは何かだ。あの日の出来事の手がかりになりそうな何かなのに…
さっきまでの熱を醒まそうとして寄ったのは街灯が冷たく光る夜の公園。ブランコに揺れるアキラとトトを見て僕は柵に寄りかかっていた。ようやく二人とも普段着に着替えて、見た目は大分大人しくなっていた。生々しい感触とともに記憶の中に漂っている映像や言葉。どことどこの回路をつなげればショートしかけてる頭が整うんだろうか。
「…先輩、怒ってます?」トトが不安気に聞く。
「いや、考え事をしてたんだ」
時折すぐ傍の道路を通る車のライトが瞬間瞬間を切り取ってその姿を眩く照らす。
「結局全部分からず終いかあ。これじゃあ朝が来ないよ」
「分からないことが分かったんだ。それだけでも得るものはあったさ」
「…今でもあのデウ・エクス・マキーナとヤエコちゃんが何か関係があると思ってる?」
「どうかな。これを信じてれば、僕は少しは救われるのかな…」
「せっかく微かに差した光ですからねえ」
トトはブランコに立つと
「…って、あれ?」とつぶやいた。
「どうした?」
「あ、ここ…ここってあれです!聖地ですよ、聖地!」
トトは勢い良くブランコから飛び降りると、僕の手を取ってはしゃいだ。
「ほら、これです!今日のデウ・エクス・マキーナのイベントで配ってたマキーナの同人の曲ばっかり集めたコンピレーション・アルバムのジャケット!」
そう言って僕の目の前につきつけられたのは一枚のCDケースだった。
「…これがなんだって?」
暗い中目を凝らしてみると、そこにはアニメっぽいイラストで背景に混じるようにしてマキーナが佇んでいた。流行りなのか、片方の目に斜めに包帯を巻きつけてこっちを見てる。ジャケットの裏にはマキーナのいた場所が黒い影になっていた。はっきりとは分からないが、確かに背景はどこかの公園を描いたもののようだ。
「ちょうどここから見たら…ほらぴったり!」
トトは手を伸ばしジャケットと目の前の景色とを照らしあわせてひとりはしゃいでる。
「あ、ホントだ、すごい!よく気づいたね、トトちゃん」
アキラもトトと顔を並べてる。二人に促されるままに僕もその場所に立ってみると、確かにジャケット絵と構図があう。
「ね、すごいでしょ。こういうのを『聖地』っていうんです。みんなこうやって仮想と現実がすれ違う瞬間を感じてこの世界にハマるんです。これがスフィアの醍醐味です」
「ねえ、きっとボク達が見つけたの最初だよ?やったね」
勝手に盛り上がってるトトたちとは別に、改めて公園を見渡してふと今更あることに気がついた。あの時はまだ明るかったから気が付かなかったけど、この公園…
「この公園、アノンが…」
「ん?…どうしたの?」
そうだ。しかもこの僕達が今いるこの場所…あの時もそうだった。アノンはここに立っていた。そしてこう言ったんだ。『これが最初のゆらぎ』と。何か、何かがあるはずだ…僕はアノンが鉄の柵に手をかけていたのを思い出して、検討をつけて確かめてみた。
これだ…ちょうど街灯が明るく照らした鉄の柵のその部分。表面のペンキを削るようにして何か刻印のようなものがあるのが分かった。しかし、随分前のものだろか、かすれてよく見えない。見えたところで分かるものなのかどうか…かなり癖のある字かアルファベットを変形したような何かに見える。妙なのはその横に同じ字体で、まるで上書きするように新しく刻まれた文字があることだった。
「…先輩?」
やけに遠くの方で声が聴こえてる気がした。なんだろう?胸がざわつく…脳の神経を直接くすぐられてるような…アノンはこれで何を伝えたかったのだろうか?