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タクシーを降りて、僕はアパートの部屋にヨミを迎 え入れた。ヨミを肩に抱えてドアを開けると、真っ暗な部屋の風呂場のドアから音と光が漏れている。とにかくアノンを抱えて、ベッドに運ぶ。それから僕は無 理にバスルームにドアをこじ開けて、その中に押し入る。目の前にある洗面台の栓をしてから思い切り水を流す。さらにもうひとつの曇りガラスでできたカーテ ン式のドアを開ける。そこにはアノンがいた。彼女は空の風呂の中に服を着たまま座っていた。
「…イナギ?」
僕を見上げるアノンの目は泣きはらしていた。
「あ、あの…ヨミの服洗濯してからお洋服持って行ってあげようと思って…」
ヨミのことを知っていたのだろう。こいつがウケイと繋がっていることは自分にはもう知れたことだ。でも、僕は無言だ。その次に何をするかは何にも変わらないから。アノンをもう一度見て僕は確信した。あの異国風の大きな瞳も、白い肌も、少し拙い言葉もすべてが納得がいく。
「アノン…お前がいる理由が初めてわかったよ」
僕はそう笑いかけて、アノンに飛びかかった。そしてアノンの喉笛を押すようにして首を締める。声も出せずに苦しむアノンをそこから引きずりだして、水の溢 れ続けている洗面台の中にその顔を突っ込んだ。アノンはおとなしく応じようとはしない。どうにか逃れようと、手足をばたつかせて暴れる。いくらあがいたと ころで僕の力に及ぶわけもなかったが、アノンも力の限りは抵抗をした。これは少し僕の予想に反していた。そして、後ろ足にしたたかに膝を蹴られた僕がよろ けると、洗面台の下に敷いてあったマットに足を取られ、そのまま後ろに勢い良く倒れこんで、後頭部を打つ鈍い音がした。その隙にアノンは難を逃れると、僕 には一瞥もせずに息を切らしたままアパートから逃げて行った。
こうして僕の計画はみじめに失敗した。
しかし次のレシピエントは決まっていた。それは僕自身だ。ヨミは反対するだろう。けど、もう意識をなくしてしまった。だからいい。問題はウケイだけだ。思えば、それには幾分の彼へのあて つけみたいなものも含まれていたのかも知れない。でも、僕はもう決めていた。あとはウケイにそれを決行させるしかない。彼は逃げている。一秒でもその命を 長らえたいと思っている。ならそれを利用しよう。それが一縷の望みだ。彼に決断をさせるのだ。利用するのだ。自分が全てを知っていて、それをいつでも世間 に公表できるということを伝えることで。セットに生きの良いレシピエントも付けてやれば、きっとヨミは命を取り留めることができるはずだ…
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