2022/7/30(土) 晴/曇
今日の最高気温予報は32°午後の降水確率50%に、帰宅予定時刻を13時として午前9時からポタリング出る。帰宅後に調べると午前11時に35°を記録していた。
目的地を玉名方面として出かけたが、東の空の雲は厚く雨脚が垂れている所も散見され、降水が予想されるようであれば引き返すことを前提に熊本市北区内の水源巡りに切り替える。訪ねる水源地は、太郎迫神社水源・清水菅原神社御手洗さん・池の川水源・小野の泉水・小清水(こそうず)の池・八景水谷水源を予定する。
ルートは熊鹿ロードを北進し、左折して太郎迫神社(写真1・2参照)に到着する。
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水源池(写真3参照)の湧水量は豊富で、今日も農家の方が水汲みに来ていた。
私も、六年前の熊本地震で水道が断水した時に水を汲みに来た。夜間だったので良く見えず取敢えず飲み水だけでもと思って汲んで帰ったが、水脈も痛めつけられたようで濁っていた。それでもトイレには使えるので有難かった思い出がある。
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熊鹿ロードに戻って北へ走り、山本橋から県道3に左折して清水菅原神社(写真4.5参照)に移動する。
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御手洗さんの湧水(写真6参照)は、澄んでいる。
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御手洗さんの伝説の説明板(写真7参照)には、「植木町清水甲区の「御手洗さん」には、昔から伝えられている伝説があります。
神功皇后が熊襲征伐へ行く途中、この地に行啓になり八神殿を祀り、戦捷を祈願されます。その行啓の道筋は、高瀬(現玉名)から9艘の船で菊池川を遡り千田聖母八幡宮(祀神神功皇后)の下へ船をつなぎ(現在舟つなぎの石が残っている)そこから川上の方へ皇后は歩いて進まれ、【湖水】に対して「此処までが水の原だなー「水原」と成った。また、水の元は何処だろうかと、弓矢を放たれ、このとき弓を結ばれた所が「結」と地名が成った。川上に向かい矢が刺さった所が「御手洗さん」である。
矢の方向へ進むと、長い沼があり地名が「長沼」となり、さらに進むと「小さな出水があるなー」と言われ「小清水」の地名となり、さらに、矢の方向へ進まれ、放たれた矢が刺さっていた湧水で手を洗われ、身を清められたことから、「御手洗」と命名し、御手洗さんとして地域住民から親しまれています。
この場所には湧水で池が出来ており、この池は神功皇后の右足を形どり、池の中央には石で四角に積み上げられた2メートル四方の中島がある。その中に「霊竹」といわれる竹が自生しています。この竹は、明治37・38年の日露戦争の時、必勝祈願の御幣竹を土に埋めたところ、その御幣竹から根が出て芽が吹き今も生き続けています。
千田川の源流は、矢が刺さったところから湧き出した湧水「御手洗さん」であることから(矢の根川)とゆ(い)う説もある。
御手洗さんと、千田聖母八幡宮等々は、深いつながりがあると感じられる。尚、今でも「御手洗さん」は住民の飲料水や憩いの場として地域住民から慕われています。」とある。
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御手洗さんを後にして、平尾山、岩野山を挟んで反対側の「池の川水源」(写真8・9参照)に向かう。熊鹿ロードに戻り、加茂坂を上り始めたが「急がば回れ」と植木北中を回り移動する。
泉には洗い場が整備されいて、今も野菜洗いや米を研ぎに来る人がいるという。また、
有泉地区では毎年6月、池の川水源で近くのお堂の石仏を洗う「堂さんあらい」が行われているという(熊本市ホームページより)。
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池の川水源を後にして、「小野の泉水」(写真10・11参照)に移動する。
小野の泉水については、過去に数度訪れているので詳細は省略する。
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湧水は、七国神社の登り口の前辺り(写真12参照)だろうと思う。他の場所より僅かに水が澄んでいるように見える。
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小野の泉水を後にして、菊池川流域と坪井川流域の分水嶺を越えて「小清水(こそうず)の池」(写真13参照)に移動する。
農業用の溜池のように見えるが熊本水遺産に指定されている。熊本市ホームページには、「台地の崖下からの湧水が池をつくり、農業用水として利用されている。学校にプールがなかった頃、この辺りでは一番の水浴び場であった。」とある。
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小清水の池を後にして、「八景水谷水源」(写真14・15参照)に移動する。
八景水谷水源は、第5代肥後藩主細川綱利(ほそかわつなとし)公によって開かれた八景水谷公園の水源になっている。ここも過去に数度訪れているので詳細は省略する。
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南の空は黒雲が覆っている。旧国道3を横断する頃には、東南方向の雲に雨脚が見えるので帰宅を急ぐ。
13時に帰宅する。帰宅して直ぐに雨が降り出した。ここ数度間一髪のところで難をのがれている。この後も幸運が続くとよいが・・・。
今日も無事だったことを天に感謝する。
熊本(自宅)25km→池の川水源17km →熊本(自宅)
所要時間4時間(実3.5時間) 総計42km 走行累計49,977km