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熊本から気ままに山と自転車のブログ

北川のカンノキさん(山の神)・法道寺薬師堂の楠

北川のカンノキさん(山の神)・法道寺薬師堂の楠
2021/10/8(金) 曇/晴

今日の最高気温予報31°曇り空に直射日光は回避できるので午前9時過ぎからポタリングに出る。
目的地は、小川町の妙音寺宝篋印塔と新麹屋柏原家住宅として出かけたのだったが、探訪したのは氷川町の指定文化財の北川のカンノキさん(山の神)と法道寺薬師堂の楠となった。

国道3を南進し、宇城市竹崎から悪路と狭い歩道を避けて山沿いの道を南進する。阿蘇小川神社の隣の妙音寺に立ち寄る。目的は、市指定文化財の宝篋印塔を見ること。奇麗に清掃してあり清々しさを感じる境内だ。が、目的の宝篋印塔は見えない。無人の境内なので一瞥して退去する。

次は、国登録文化財のへ新麹屋柏原家住宅を探す。なまこ壁の家が数戸あるが、Web上の写真のような家は見当たらない。見逃したか?ともう一度引き返してみたが、やっぱり見えない。熊本地震の被害で解体したかとも考えてみたが、諦めて氷川町に移動する。

氷川町に入り、国道3を南進していると町指定文化財「北川のカンノキさん(山の神)」という案内標識が見えたので、立ち寄ってみることにする。
標識に従って国道から左折して坂道を上る。道がなだらかになって間も無く、標識に従い右折して廻り込むようにして急坂を上ると、杉木立の中に竪穴住居のような構造物(写真1参照)が見えた。


近づくと「北川のカンノキさん(山の神)」(写真2参照)の標柱があり、説明板もある。


正面(写真3参照)から景観。原初の神の祀り方か?


説明板(写真4参照)には、「「カンノキさん」の名称の由来や、始まった時期、また作られた理由等はよくわかっていません。地区の長老によると、はるか昔、北側地区では火事が多かったため、その守り神として祀られていると伝えられています。
現在では、ほとんどの祠はコンクリートなどで作り変えをしなくていいもので祀られています。しかし「カンノキさん」は、ワラと竹を材料に昔ながらの伝統が受け継がれており、毎年十二月十五日、早朝七時から地区総出で作り変えを行っています。
祠の中には直径二十五センチ、銅製の柄付き鏡が二枚収められています。以前は竹筒に甘酒を入れてお神酒として供え、仕事を休んでいたということです。」とある。
ここは、大野窟古墳や野津古墳群がある地域である。それ以前の神様、自然神の「神の木」ではないかと発想した。単純過ぎるか。


国道3を避けて旧薩摩街道を南進する。すると道路左側に「八里木跡」の石碑(写真5参照)を見る。熊本市新町の札ノ辻から約32kmの距離となる。


八里木跡から暫く行くと町指定天然記念物「法道寺薬師堂の楠」(写真6参照)が道左に見える。


境内で見る楠(写真7参照)は、予想以上に大きかった。南側の木は途中で切られたか、風にでも倒されたか主幹部分に空洞がある。


熊本県の「ふるさとの樹木」(写真8参照)にも指定されているようだ。説明板には、「この樹は、平安末期建立の法道寺が廃寺となり、その御本尊の薬師如来を祭る為の御堂を新たに建立した時に植えられたという。今は、人々の憩いの場となっている。」とある。


帰路は、道の駅「竜北」で弁当を買い昼食とし、13時半前に帰途に就く。
今日も無事だったことを天に感謝する。
熊本(自宅)38km→法道寺薬師堂の楠36km→熊本(自宅)
所要時間6.5時間(実5.5時間) 総計74km 走行累計43,173km

自転車で探訪した史跡・文化財等の記録です。一部山行の記録もあります。

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