アツミサオリのある日の黄昏時☆日々思う所

むか~しむかしの、地名のお話。

ど~ん!アツミです

本日のブログは、アツミの地元、静岡県西部地方の超地元ネタ&自己満足ブログとなっておりますこと、ご了承ください。ぷっ!

先日、アツミ姉より、アツミ実家付近の街の歴史の本を見つけ、毎晩読みふけっているとメールが来た。姉妹とはやはり何か繋がっているのか、実はアツミも最近、磐田の地名やら歴史が面白くて、毎晩ネットでググって読みふけり、気付くと午前3時なんてのが続いている。

アツミはもともと地図が大好き。変わった地名とかを見つけたりした時のあの萌え度はハンパない。地名が好きなのかもしれない。そんなところから、アツミの地元「磐田市」が出来たのはいつなのか?から始まり、浜松市やら、天竜市やら、浜北市やら、、今日もリハから帰って食事をした後、さっきまで、消滅寸前の周智郡と浜名郡について読みふけっていた。

本当に興味深い。江戸時代が終わって、明治に突入した頃の「村」の多さはハンパない。電車もバスもなく、行動範囲が狭かった人々は、小さな小さな村の中で色々考えて、そこで自治が成り立っていたのだろうなぁ。しかし江戸時代以降、一番古い表記だった「郡」は消滅を始め、「◯◯郡◯◯村」だった小さな地域の「村」は、合併や編入を始め、「◯◯郡◯◯町」へと大きくなったり、また「市」となり、「郡」の表記を失っていった。今現在も全国には「◯◯郡◯◯村」という地名が存在するが、恐らくはそこの地域は50年くらいは住所表記が変わっていない、貴重な地名だと解った。

しかし、その「村」の地名は、現在、磐田では小学校の名前にわずかに残されていると気付く。小学校の名前はそこからきてたのか!と初めて知る。実に興味深い。(←福山雅治さんのようにお読みください。)

来年には浜松市の前身、「浜名郡」が消滅予定らしい。何となく寂しい。遠州で残る「郡」は「周智郡森町」のみ。時代はどんどん変わる。浜松は政令指定都市となり、今や合併しすぎて広くて、やや困惑。

さてと、さんざん自己満足ブログ書いといてあれですが、今から「引佐郡」(浜松市の北部にかつてあった郡。この郡の名前、すでに読み方が萌える。)についてググルとするか。はい、痛いですか。そうですか。
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