「北方ルネサンスの画家」ピーテル・ブリューゲル (Pieter Bruegel the Elder)の絵画
ピーテル・ブリューゲル(1525年頃 - 1569年9月9日)は、16世紀の北方ルネサンスの画家、版画家、素描家。画家を輩出し続けたブリューゲル一族で最も有名な画家。生涯にわたって、農民に題材した作品が多かったため、「農民の画家ブリューゲル」と呼ばれる。
1551年、アントウェルペンの画家組合である聖ルカ組合に加入、その後、イタリアに絵画を研究した。
1555年にはアントウェルペンに戻って、版画商ヒエロニムス・コックの版画店で版画の下絵を多く制作した。
1559年には早期の代表作品「ネーデルラントの諺」と「謝肉祭と四旬節の喧嘩」を完成した。
1562年には、ヒエロニムス・ボスの奇怪かつ幻想的な画風の影響を受け、「叛逆天使の墜落」、「死の勝利」、「悪女フリート」を制作している。
1563年、ブリュッセルに移り住んで、絵画の師匠ピーテル・クックの娘と結婚する。その年、傑作「バベルの塔」を生んでいる。
1564年、長男ピーテル・ブリューゲル(子)が生まれた。
1565年には、有名な連作月暦画「雪中の狩人」、「穀物の収穫」などを制作した。そのパノラマ型の構図により画中の世界の現実感を実現している。
1568年、次男ヤン・ブリューゲル(父)が生まれた。
晩年には、農民風俗画、寓意画を主に描いた。 1569年9月9日、ブリュッセルで亡くなった。