備忘録

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阿羅漢の基準〈まとめ〉

2024-09-25 00:00:00 | 
  • 一般的な「阿羅漢の基準」としては、

 

  • 第一に、心に引っ掛かりがなく、透明感が増すこと

 

  • 第二に、霊界と同通するか、あるいは、それに近い状態になること

 

  • 第三に、他人の気持ちが手に取るように分かりはじめること

 

  • ただ、霊界と同通して、本人は自分を阿羅漢だと思っていても、実は地獄の悪霊に支配されている人もよくいるので、よくよく注意しなければなりません。

 

  • どのような点で間違わないようにしなければならないかというと、「増上慢にならない」ということです。

 

  • 霊的能力を持ちたがる人、あるいは持った人には、どうしてもうぬぼれの気持ちが出てきます。その気持ちのところに魔が忍び込み、本人を転落させるよううに誘惑することになるのです。これがいちばん危険な現象です。

 

  • したがって、阿羅漢の状態に近づいたと思ったら、みずからを謙虚に考える必要があります。みずからを謙虚に捉え直していく必要があります。こうして初めて真実の阿羅漢となれるのです。

 

  • 単に「霊の声が聞こえた」ということだけでは阿羅漢とは言えません。その人が増上慢で、心が高ぶり揺れているときに、阿羅漢であることはありません。

 

  • 阿羅漢の状態になれば、心は不動心であって揺れず、そして、心に透明感があります。いつも、心が揺れず、安らいでいる状態でなければならないのです。

 

『幸福の科学とは何か』 第7章 阿羅漢を目指して


阿羅漢の基準③

2024-09-25 00:00:00 | 
  • 第三の基準は、「他人の気持ちが手に取るように分かりはじめる」ということです。

 

  • 「マインド・リーディング」「読心能力」という言葉がありますが、阿羅漢の状態になると、他人の考えが実によく分かるようになります。それは、まるで手に取るようなかたちです。ある人に接すると、その人の考えていることが、直感的に、ぱっと分かるようになってきます。

 

  • そして、いろいろな仏法真理の言葉が、ずばずばと口をついて出るようになります。その人の悩んでいることに対する考えや方針が、無意識のうちに、ずばずばと口から出ることがあるのです。そういう力は、たいてい守護霊から得ている力なのです。

 

  • また、阿羅漢の状態になると、相手が最後まで語る前に、相手の考えていることや言わんとすることが分かってしまうことも数多くあります。これも、阿羅漢の基準であると言えましょう。

 

『幸福の科学とは何か』 第7章 阿羅漢を目指して


阿羅漢の基準②

2024-09-25 00:00:00 | 
  • 第二の基準は、「みずからの守護霊からの通信を受けられる段階にある」ということです。

 

  • 反省が進み、心の曇りが取れてくると、次第しだいに心に光が射してきます。そして、この光が射したところに向けて、みずからの守護霊の光がサーッと射し込んできます。こうして、心の窓が開け、守護霊の声が聞こえるようになります。

 

  • 守護霊の声が、直接、胸に響いてくることもあれば、霊言のようなかたちで、守護霊が本人の口を通して語ることもあります。また、守護霊からの通信が自動書記というかたちで現れてくることもあります。

 

  • いずれにせよ、精神を統一し、目をつぶった状態でいると、みずからの守護霊から通信が送られてくるのです。

 

  • それが直接的であるか間接的であるかということは、さまざまですが、霊界と同通した場合には、ある程度、直接的な通信が守護霊から与えられるようになってきます。

 

  • その際に、守護霊は、地上の人間に対して、さまざまなことを言います。心の中の過ちや行動の過ちについて、一つひとつ指摘することがあります。そして、地上の人間がの則を越えている場合には、「そのようにしてはいけない」ということを教えてくれるようになります。

 

  • このように、「阿羅漢になった」という証明は、「守護霊の通信を受けられる」ということで表されると言ってもよいでしょう。

 

  • ただ、霊能者ではなくても、たとえば経営者や学者のなかには、非常に強くインスピレーションを受けているタイプの人がいます。こういう人は守護霊の通信を間接的に受けているのです。ひらめきというかたちで彼らの声を聞いていることが多いわけです。

 

  • このような場合にも、ある意味で阿羅漢の一種に達していると言えるかもしれません。

 

『幸福の科学とは何か』 第7章 阿羅漢を目指して


阿羅漢の基準①

2024-09-24 00:00:00 | 
  • 阿羅漢と認定されるための基礎基準の一つとしては、「心に透明感がある」ということが挙げられます。

 

  • これは、別な言葉で言えば、「心の中に執着という名の引っ掛かりがない」ということです。

 

  • たいていの人には心の中に引っ掛かりがあります。その人の心の姿を見たならば、ガン細胞のようなものが心のどこかに巣くっているのです。そして、暗い陰をつくっています。

 

  • この「執着」という名のガン細胞は、極めて三次元的なこと、この世的なことに関して、思いがとどまっていることを示しています。

 

  • 出世や金銭、異性に対する思い、あるいは、もっとマイナスのものになってくれば、積極的な憎しみ、愚痴、怒り、嫉妬、こういう思いが一点に止まっている状態を執着というのです。

 

  • 執着のなかには、まれに自己実現的な執着もあります。ある意味で自分の向上を目指しているのだけれでも、現状が、向上への思いに、とても追いつくことがなく、それが執着になってしまっている気の毒な人も、世の中にはいます。

 

  • いずれにせよ、阿羅漢となるためには、心のなかの、この手のしこりを取り除く必要があります。ガン細胞を切除しなければならないのです。

 

  • そのいちばんよい方法は反省なのです。

 

  • 『釈迦の本心』などにも書いておきましたが、反省は、心の曇りを、さまざまな尺度でもって除いていく方法です。

 

  • たとえば、「八正道」においては、「正しく見る」「正しく思う」「正しく語る」「正しく行為をなす」「正しく生活する」「正しく道に精進する」「正しく念ずる」「正しく精神統一をする」という八つの基準が設けられています。

 

  • 宗教者として当然守るべき、こういう基準をきっちりと守り、自分の心の針がずれた部分、揺れた部分を、天上界に向けてピンと戻しておくこと、これが反省の方法なのです。

 

  • 人間の心は、一日のうちに、さまざまに揺れています。それは、ちょうど時計の針のようなものであり、よいことを思っていれば、上のほう、すなわち天上界の方を向いていますが、悪いことを思っていれば、下のほう、すなわち地獄のほうを指し示しているのです。ただ、たいていの場合は振り子のように揺れているのが実際の姿です。

 

  • しかしながら、大きな執着を持っていると、そこで心の針がピタッと止まっていることが多いのです。その結果、針が天上界のほうを指すこともなく、天上界の人々から啓示を受けることもなくなってしまうわけです。

 

『幸福の科学とは何か』 第7章 阿羅漢を目指して


阿羅漢の心境とは

2024-09-24 00:00:00 | 
  • 阿羅漢の心境とは、どのようなものであるかというと、地上人で見た場合には、人間として、ある程度の完成領域に近づいていると言ってもよいかもしれません。別な言葉で言うならば、そうとうな人格、あるいは、そうとうな心境であると言えます。

 

  • さまざまな仕事に携わってきた人で、心清く生き、霊的直観が非常に鋭くなっているような人の中にも、阿羅漢はいます。

 

  • 阿羅漢の中には、もちろん、在家の人も数多くいます。自分が阿羅漢であることを本人が知っているといないとに関わらず、阿羅漢の状況にある人はいるのです。

 

  • 地上に生活していて、多少なりとも仏法真理の体得を目指している人にとっては、阿羅漢の境地が最初の関門であり、ある意味では合格点でもあるのです。

 

『幸福の科学とは何か』 第7章 阿羅漢を目指して


阿羅漢とは

2024-09-24 00:00:00 | 
  • 阿羅漢(あらかん)とは、一通りの反省が終わって心の塵や垢が落ち、後頭部に後光が差し始める段階のことをいいます。

 

  • 仏教には、「五百羅漢(ごひゃくらかん)」という言葉や、「羅漢さん」という言葉があります。羅漢とは、阿羅漢のことであり、五百羅漢とは「五百人の阿羅漢」と考えてよいのです。

 

  • 阿羅漢の境地は、私が説明している次元構造で言うならば、六次元光明界の上段階にある境地と言ってよいでしょう。

 

  • リーダーたちが集まっている六次元光明界のなかで、真実、仏神を信じ、菩薩に向けて修行をしている人たちのことを、阿羅漢といいます。

 

  • また、その境地で地上に出て菩薩に向けて修行している人たちのことも、阿羅漢といいます。

 

『幸福の科学とは何か』 第7章 阿羅漢を目指して