論理によって一意的に決まる物理なんて二十世紀のこと!
他でもないベルの定理とアスペの実験によって実証されましたがな、物理だって理屈ではワカラン学問だということが、そう。数学主義者は「だから論理なんてモノは」「数学によって証明されなければ」なんておっしゃるのでショーけどね、数学だって同じことですよー、違いますやろか。
数学以前に理屈があってこそ、だからこそ物理学と言うw
そりゃー、英語にそのよーな語義は無いですけどね、日本語の方が本質を表している可能性だって有るワケで、そう。数学で証明していくにしても、それ以前に論証されたなにがし、基本的にはそれを物理学という、それが存在してるワケでしてね。ま、文系の学問だったら手っ取り早く分かりますがね、数学だけで自立する数学以外の学問て無いですやろ、そうやないか。
論理だって同じことでベルさんの理屈は間違っていない!
同じく正常かつ厳格な理屈をもってしてもね、ま、一意的には定まらないとワシなんかは思う、そうですねん。其処をね、ヨーロッパの方々は「理屈だとベルの定理のままが正しいになる」「だから量子力学は論理を超えている」となってしまうワケで、まあ、なんていうか、ふん、早計ですね、ええ。
論理的には優劣の無い二つ以上の理論間における論争を!
かつて存在したのが一般相対性理論に対立するいくつかの理論間の論争、でしたけど結果としては老舗として貫録を示したアインシュタインが勝利したのですけど、ま、あの時は最終形態が実験検証だった時の話、ですけどね。今回は、というかワシの想定ではクォーク荷電が純粋な分数であるか整数の合成荷電であるか、は、いきなり実験よりも先にすべきことが残されていると思いますねん。そ、そこは先ず論争でなければ始まらないと思いますねん、そうですねん。
理論物理的な優劣につきましても自信がございますねんw