まず最初に具体的に列挙しますと、
1)宇宙における物質開闢粒子の電荷が0であることはあり得ない?
2)クォークは分数荷電なので韓=南部模型が成立することはあり得ない?
3)破れないSU(3)があり得ないことはあり得ない?
4)グルーオンが存在しないことはあり得ない?
などなど・・。
これらの疑惑?について1)と2)および3)と4)とが一まとめになっていますw)
1)と2)について、韓=南部模型は若き日の南部先生による模型(はて、韓さんとは韓国人なのですかね?)なのですがご本人自ら可能性を閉ざしたような(あるいは未練だけを残したような)著作を得ておられるばかりで、ですから後継者がアカデミズムの中にはおられないという寂しい現実がございます。おそらく世界中を探しても採用した基礎理論?(ユニバーサルフロンティア理論には基礎ではないという妙な自負がありまして)はナイ、というか応用的なユニバーサルフロンティア理論だけであるという事実だけが残るのですが、
ようするにあり得なくなくてもそんな物が他に無ければ引用もされないという・・。
もう一つには一般に広まっている小林=益川模型の基礎とは合わないような印象であり、ということ!
3)と4)について、たとえ数学として破れないSU(3)が合理化されたとしても、それは自然に採用されているとは限らない物であるということ、あるいは実際に合理化不可能ではないかという当方から突き付けた疑惑があるということ・・。
それは、色変換の種数がR反G・R反B・G反R・G反B・B反R・B反Gの6種であるか、はたまたそれにR反R・G反G・B反Bを加えた9種であるかのいずれかであり、ゲージ理論が要請するような3²-1=8種のグルーオンと言う組み合わせは(RGB対等にはどうしても)得られないという話なのです。また「色変換のうち不変な物は糊の力を失う」というのも南部先生のアイデアであるに過ぎまして、私どもは「そこで韓=南部模型は破棄されているに近かった」という多少の遺憾の念を持っております。
R反R+G反G+B反Bだけがあり得ない、というでは他に可能性を並べたら8種では済まなくなるのですから。ゆえに私の大脳の中では話はどうしても逆転します、つまり「標準理論こそあり得ない」ということですが?
1)宇宙における物質開闢粒子の電荷が0であることはあり得ない?
2)クォークは分数荷電なので韓=南部模型が成立することはあり得ない?
3)破れないSU(3)があり得ないことはあり得ない?
4)グルーオンが存在しないことはあり得ない?
などなど・・。
これらの疑惑?について1)と2)および3)と4)とが一まとめになっていますw)
1)と2)について、韓=南部模型は若き日の南部先生による模型(はて、韓さんとは韓国人なのですかね?)なのですがご本人自ら可能性を閉ざしたような(あるいは未練だけを残したような)著作を得ておられるばかりで、ですから後継者がアカデミズムの中にはおられないという寂しい現実がございます。おそらく世界中を探しても採用した基礎理論?(ユニバーサルフロンティア理論には基礎ではないという妙な自負がありまして)はナイ、というか応用的なユニバーサルフロンティア理論だけであるという事実だけが残るのですが、
ようするにあり得なくなくてもそんな物が他に無ければ引用もされないという・・。
もう一つには一般に広まっている小林=益川模型の基礎とは合わないような印象であり、ということ!
3)と4)について、たとえ数学として破れないSU(3)が合理化されたとしても、それは自然に採用されているとは限らない物であるということ、あるいは実際に合理化不可能ではないかという当方から突き付けた疑惑があるということ・・。
それは、色変換の種数がR反G・R反B・G反R・G反B・B反R・B反Gの6種であるか、はたまたそれにR反R・G反G・B反Bを加えた9種であるかのいずれかであり、ゲージ理論が要請するような3²-1=8種のグルーオンと言う組み合わせは(RGB対等にはどうしても)得られないという話なのです。また「色変換のうち不変な物は糊の力を失う」というのも南部先生のアイデアであるに過ぎまして、私どもは「そこで韓=南部模型は破棄されているに近かった」という多少の遺憾の念を持っております。
R反R+G反G+B反Bだけがあり得ない、というでは他に可能性を並べたら8種では済まなくなるのですから。ゆえに私の大脳の中では話はどうしても逆転します、つまり「標準理論こそあり得ない」ということですが?