おおたかの森の焼肉屋の肉質が前回ちょっと落ちていて しばし行く気がしない
お嫁ちゃんは焼肉が大好き 特にタン 6時までには電車で戻るのなら 喜ばせたい
ということで 地元焼肉屋にしました
昨日も そこそこ仕事が忙しく お昼 30分延びて
合間に作っておいた きゅうりとツナのサラダ に パンで済まし
息子とダイエーへ 20日は5%引きDAY ダイエー 一択です
2万くらい買うと 1000円引き は 捨てられません
5時半に予約の電話をいれました OKでした 6時無事仕事終了 出発
入店してみると 奥の個室でした 息子達が喜ぶ部屋です 他に気を使わなくて良いし
おもちゃも用意してあります
テーブル両側の奥にお嫁ちゃんと ハズ
手前に 息子と私 その前の網にだけ火をつけてもらい 焼くのは息子と私
孫の相手は ほとんどお嫁ちゃんで 少し ハズ ハズにも甘える孫です 可愛い
息子を育てる間 仕事に全力のハズでしたので 息子の世話はもちろん 抱っこもしたことも無い
だから 息子がハズに甘える という姿は見たことがありませんでした
息子を一番抱っこしたのは 母かな そしてもちろん私 御姑さんも一度もしませんでした
私 内心 憤慨していました 娘の優秀な孫に比べて 可愛くないのかな って、、、
でも 私に甘えるお嫁ちゃんに そういえば 私から抱っこして欲しいと
一度もお願いしなかったっけ もしかして 抱っこしたいのに遠慮していたのかも、、、
もっと 御姑さんに甘えれば良かったと 今更の後悔です
午後 裏の公園に出かけた 息子と孫
仕事の 合間に 秋子に誰か来たら呼びに来てと言って 公園へ
砂場とジャングルジムの所に2人は居ました 風があって思いのほか寒い
しばしして おばあちゃま帰ろうかな バイバイね って 孫に言うと
駄目って 手を繋いで離さない 寒いけれど 嬉しい
もう寒さ限界 というところで 秋子の姿が公園の向こうに 手を振っています 呼ばれました
呼ばれた 息子が孫に向って おばあちゃまお仕事だ バイバイしよう
すると 孫 バイバイって わかるのです 仕事は仕方ないって 子供って 凄いです
焼肉屋では運転が無いのはもちろんですが 珍しく息子 生ビール飲んでいました
御肉も ケチらず カルビとタン を 繰り返し注文しました
おかげで 今朝何も入りません ハズがいれるコーヒーは美味しく飲んでいます
昼も 素麺で良いかな ハズがする生姜で食べると 美味しい~
という感じで 食べ物を作ったり片付けたり は 当然にするハズですが
子育ては私が 100%やっていた それに私は 疑問も不満も持たなかった
時代なのですね 私も充分古い女だったのだな ビックリ
週末仕事がそれなりに忙しいと 掃除機は持てません
御風呂掃除にクリックリン掃除で ドジャーズ観ながら パソコンしています
税理士さんも 兄妹で 母親は完全 兄と妹で区別?差別? 兄を大事にしていたそうです が
私の場合は 母と大の仲良しで 母が大好きで 母が亡くなった時世界で一番好きだったんだ
と思うほど大好きで ドラマによくあるような 息子優位の対応は全くされませんでした
小学校でたまたま 国立に入ってしまったので 区立で進んだ兄の方の心を
世間的に心配する 感じの 両親だったと感じていました
母は私が勉強していればご機嫌で 料理の手伝いとか一切頼まれず
なので 男女差別とかへの 不満とかは 全く抱かないで育ちましたが
でも 実家の会社を自分が継ぐ という発想は全くありませんでしたし
学校で 男女 の 言葉どおり 何でも男子生徒 女子生徒の 順番だったけれど
それらへの 疑問を微塵も持たなかったって 洗脳だったの???
(今って 名簿も男女混合なのですよね 確か)
母校の法学部からの就職活動 男子学生は 最低の方の成績でも 有名メーカーとかに
合格していきましたが
数少ない募集に出かけて行って なんで うちなんかに面接に来たの? と言われたり
うちに来ても お茶汲みだけれど それでも 来たければ来れば と 言われたり
さんざんの目にあって 世間を知ったという感じでした
でも 半外資のITにプログラマーとして就職したので 結果 プログラミングの仕事
(入社後の3ヶ月 お給料もらいながら 研修でプログラミングをゼロから習いました 楽しかった~)
しか しなかったし 周囲の男性スタッフは皆 礼儀正しかったし
隣に 営業部署が来た時 その一人が 私ともう一人の女性スタッフに
ちょっと 下品な声をかけた時に 同グループの男性スタッフが
慌てて 彼女達にそういうのは駄目だから と 遮断したこともありましたっけ
国立の付属の教師達も冷静で 親も兄も夫も(ブラック発言はする夫ですが荒げることはありません)
とにかく ドラマに出てくるような 怒鳴ったり 声を荒げたり という 人間が
私の周辺には一人も居ない そんな人生でしたので どうか
このまま 穏やかに人生を終わりたいと願っています 私は平和平穏が大好きです
お嫁ちゃんは焼肉が大好き 特にタン 6時までには電車で戻るのなら 喜ばせたい
ということで 地元焼肉屋にしました
昨日も そこそこ仕事が忙しく お昼 30分延びて
合間に作っておいた きゅうりとツナのサラダ に パンで済まし
息子とダイエーへ 20日は5%引きDAY ダイエー 一択です
2万くらい買うと 1000円引き は 捨てられません
5時半に予約の電話をいれました OKでした 6時無事仕事終了 出発
入店してみると 奥の個室でした 息子達が喜ぶ部屋です 他に気を使わなくて良いし
おもちゃも用意してあります
テーブル両側の奥にお嫁ちゃんと ハズ
手前に 息子と私 その前の網にだけ火をつけてもらい 焼くのは息子と私
孫の相手は ほとんどお嫁ちゃんで 少し ハズ ハズにも甘える孫です 可愛い
息子を育てる間 仕事に全力のハズでしたので 息子の世話はもちろん 抱っこもしたことも無い
だから 息子がハズに甘える という姿は見たことがありませんでした
息子を一番抱っこしたのは 母かな そしてもちろん私 御姑さんも一度もしませんでした
私 内心 憤慨していました 娘の優秀な孫に比べて 可愛くないのかな って、、、
でも 私に甘えるお嫁ちゃんに そういえば 私から抱っこして欲しいと
一度もお願いしなかったっけ もしかして 抱っこしたいのに遠慮していたのかも、、、
もっと 御姑さんに甘えれば良かったと 今更の後悔です
午後 裏の公園に出かけた 息子と孫
仕事の 合間に 秋子に誰か来たら呼びに来てと言って 公園へ
砂場とジャングルジムの所に2人は居ました 風があって思いのほか寒い
しばしして おばあちゃま帰ろうかな バイバイね って 孫に言うと
駄目って 手を繋いで離さない 寒いけれど 嬉しい
もう寒さ限界 というところで 秋子の姿が公園の向こうに 手を振っています 呼ばれました
呼ばれた 息子が孫に向って おばあちゃまお仕事だ バイバイしよう
すると 孫 バイバイって わかるのです 仕事は仕方ないって 子供って 凄いです
焼肉屋では運転が無いのはもちろんですが 珍しく息子 生ビール飲んでいました
御肉も ケチらず カルビとタン を 繰り返し注文しました
おかげで 今朝何も入りません ハズがいれるコーヒーは美味しく飲んでいます
昼も 素麺で良いかな ハズがする生姜で食べると 美味しい~
という感じで 食べ物を作ったり片付けたり は 当然にするハズですが
子育ては私が 100%やっていた それに私は 疑問も不満も持たなかった
時代なのですね 私も充分古い女だったのだな ビックリ
週末仕事がそれなりに忙しいと 掃除機は持てません
御風呂掃除にクリックリン掃除で ドジャーズ観ながら パソコンしています
税理士さんも 兄妹で 母親は完全 兄と妹で区別?差別? 兄を大事にしていたそうです が
私の場合は 母と大の仲良しで 母が大好きで 母が亡くなった時世界で一番好きだったんだ
と思うほど大好きで ドラマによくあるような 息子優位の対応は全くされませんでした
小学校でたまたま 国立に入ってしまったので 区立で進んだ兄の方の心を
世間的に心配する 感じの 両親だったと感じていました
母は私が勉強していればご機嫌で 料理の手伝いとか一切頼まれず
なので 男女差別とかへの 不満とかは 全く抱かないで育ちましたが
でも 実家の会社を自分が継ぐ という発想は全くありませんでしたし
学校で 男女 の 言葉どおり 何でも男子生徒 女子生徒の 順番だったけれど
それらへの 疑問を微塵も持たなかったって 洗脳だったの???
(今って 名簿も男女混合なのですよね 確か)
母校の法学部からの就職活動 男子学生は 最低の方の成績でも 有名メーカーとかに
合格していきましたが
数少ない募集に出かけて行って なんで うちなんかに面接に来たの? と言われたり
うちに来ても お茶汲みだけれど それでも 来たければ来れば と 言われたり
さんざんの目にあって 世間を知ったという感じでした
でも 半外資のITにプログラマーとして就職したので 結果 プログラミングの仕事
(入社後の3ヶ月 お給料もらいながら 研修でプログラミングをゼロから習いました 楽しかった~)
しか しなかったし 周囲の男性スタッフは皆 礼儀正しかったし
隣に 営業部署が来た時 その一人が 私ともう一人の女性スタッフに
ちょっと 下品な声をかけた時に 同グループの男性スタッフが
慌てて 彼女達にそういうのは駄目だから と 遮断したこともありましたっけ
国立の付属の教師達も冷静で 親も兄も夫も(ブラック発言はする夫ですが荒げることはありません)
とにかく ドラマに出てくるような 怒鳴ったり 声を荒げたり という 人間が
私の周辺には一人も居ない そんな人生でしたので どうか
このまま 穏やかに人生を終わりたいと願っています 私は平和平穏が大好きです