舞台が終わり、カーテンコールがあり、そのあと誰もいない舞台に
静かに音楽が鳴り続ける。
なんの音楽かは知らないが、ずっとその音楽を聴いていたい気持ちに襲われる。
私は舞台が終わり、座席に座ったまま、その音楽を聴きながらぼんやりと考えた。
人の血を流すことなく、世の中を変えようという理想を抱き、
それを実際になしえた才谷は結局は殺された。
そして、英は自分の理想を追行するためだと金貸しの婆さんを殺した。
理想を掲げ追行することは、死をどうしても伴うものなのか?
英は笑わない女として描かれている。
そんな英だが、才谷には心を開くことが出来た。
人殺しの英を人殺しとしてではなく、一人の人間として、
才谷が見てくれ、受け入れてくれたからだ。
才谷は完璧な英を求めていないのだ。
それがずっと母からの過剰な期待を受けつつ育った彼女にとって
どんなに救われただろうか。
多分、彼女にとって、初めて素直になれた相手だろう。
そんな彼女の心のよりどころを、最後、彼女が刑務所から出てからの
誓いを立てているのと同時に、才谷が殺されるシーンをもってきて終わるこの舞台。
なんか、すごく考えさせられた。
新しい理想を追求しすぎることは、思想に殺されることなのだろうかと。
私は英は生きるために老婆を殺しをしたんだと思う。金のために。
理想のためにとは言っているけど、理想のための殺しってなんなんだ?
と思うから。
その人を殺したからといって、何が解決する?
人を殺したいと思う願望は、結局は自分の一時の欲(感情)を
満たすだけのものだと私は思う。
そして、ある人の感想によると、彼女の殺しは実験だったというけれど、
私は、その意見は受け入れたくない。
それではあまりにも非情ではなかろうか。
英はそんな人ではないと思うから。
自然に安らぎを感じるような人が、そんな人間だとは思いたくない。
それに、実験のために人を殺したのだとすれば・・・なぜ、あんなにも
執拗に何度も老婆をたたききっただろう。
執拗なたたききりは、個人的な恨みや想いがあるからだと私は思う。
英も人を恨んだり、妬んだりする罪深き心をもつ弱い存在だと思う。
完璧な人間ではないのだ。
英が老婆を切るとき、カーテンが敷かれ見えなくなるのは、
彼女がそういった自分の罪の意識に目を瞑ったということを、
表現したのではないだろうか。
彼女の心の奥底にはあったはずだ、老婆を切ることへの罪の意識が。
ただ、理想という名のカーテンで目を瞑っていただけで。
あと、雪をうまく取り入れて表現をしていたと思う。
雪について、雪っていうのは、地上の汚いものも雪がつもれば、
見えなくなって綺麗になるというイメージが私は強い。
その雪の色とカーテンの色が同じなんだよね。
ということは、最後、才谷が殺されるのは、雪を表現として
遣われたプチプチの下でなんだけど、雪とカーテンを同質のものと
して表現しているのだと捉えれば、彼は理想の下に敷かれて殺された
という表現にとれる。
・・・いや、もしかして、雪は思想なのか?
空から降る雪は理想で、降り積もった雪は思想となるのか?
カーテンは理想なのでは?と際ほど書いたがもしかして思想なのだろうか?
英は理想のために老婆を・・・というが、実は思想に操られたとも思える。
彼女は「群れるのは嫌いだ。」というが、老婆を殺すという考えは、
塾生誰もが考えていたこと。
塾生みんなの思想。
それを実行するか、しないかの差で彼女は犯罪者になっただけのこと。
きっと、老婆を殺し、妹を殺した段階で、彼女の理想は崩れただろう。
理想と思ってたものが、自分が本当に望んでいたものとは違ったことを、
初めて気づいたのではないだろうか。
それによって彼女は自然(川)を見ても昔のような安らぎが感じれなくなる。
だから、私は彼女の殺しは実験とは思いたくない。
計画的ではあるけど、根源は人間的なドロドロとした感情からだと思う。
英も時代の思想に左右される弱い人間の一人であって、
決して特別な人間だったとは思えないのだ。
周りの過剰な期待が彼女にそう思わせていただけのように思う。
感想というものは、その人の考え方がとても反映されるものだと思う。
芝居を見て、何を感じ、何を思うのかは自由だけど、
自分の信じている人が、自分が許せないような発想をするのは
大変ショックなものである。
人間って、そんなに理屈では生きられないものだと思う。
私は英はそういう意味でとても人間らしいドロドロしたものも
持ちあわせた人間で、けれど周りの期待や、自分の縛りによって
うまく表現できなかった人だと感じた。
だから、それは殺しという過剰な形で現れてしまう。
私は、そういった人間らしい英が好きだ。
ただし殺しに同意しているわけではないが。
そして、この芝居。
その後の英がとても気になった。
彼女はそのあと、人間的なドロドロした部分ももった自分を受け入れ、
人も受け入れ、生きていったのだろうか、と。
才谷の死を知り、罪を繰り返しはしなかっただろうかと。
また、罪を背負って生きる覚悟をするが、
彼女はその後の人生、自然に笑うことができたのだろうか、と。
それにしても野田さんの芝居はあとからいろいろ考えられるので
やっぱりおもしろい。
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