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えんじゃけん

もっと泣いてよフラッパー

「もっと泣いてよフラッパー」を急遽観てまいりました。

結構長い時間の上演にまずびっくりしました。

 

多少、ネタばれありで。

 

フラッパーとは・・・、

元来〈まだ十分に飛べないひな鳥〉〈まだ社交界に出ていない少女〉の意味もあるが,第1次大戦後のアメリカに出現した若い女性のタイプを指す。旧来の〈お上品な伝統〉に史上初めて挑戦した,自由で解放された女性で,いわゆるジャズ・エージの花形であった。彼女らを特徴づけるのは,諸事に対するシニカルな態度,セックスへの積極的関心,そして飲酒・喫煙を含む風俗や,大胆なファッションの誇示などであった。とくに画期的なのはそのファッションで,裾が膝までしか届かないストレート・ドレス,ショート・ヘア,ペティコート追放,大戦後に初めて現れた化粧品(真っ赤な口紅,アイシャドーなど)がトレード・マークであった。(コトバンクより)

フラッパー(英: Flapper)は、1920年代に欧米で流行したファッション、生活スタイルを好んだ「新しい」若い女性を指すスラング。それまで女性らしいとされてきた装いや行動様式ではなく、膝丈の短いスカート、ショートヘアのボブカット、ジャズ音楽などを好んで、濃いメイクアップで強い酒を飲み、性交渉、喫煙、ドライブを積極的に楽しむという、以前までの女性に求められてきた社会的、性的規範を軽視した女性たちを意味する[1]。フラッパーは「狂騒の20年代」を背景として登場した。アメリカの1920年代初頭は、第一次世界大戦終結直後で社会、政治ともに未だ混乱していた時代だった。ヨーロッパからの文物流入が盛んとなり、アメリカからもジャズなどの文化がヨーロッパへと広まっていった。(ウィキペディアより)

フラッパーとは英語の"flapper"からきたカタカナ英語である。"flapper"は本来「ばたばたする物」という意味で、まだ上手く飛べずに羽をばたつかせるひな鳥などを指した。ここから英語圏で第一次世界大戦後、それまであった道徳観などの制約にとらわれない女性に対し「おてんば娘」という意味で使わる。日本でもこのスラングの「おてんば」という意味で1920年代に普及。日本では「フラフラ」の語感と重なり、特に蔑称としての意味合いが強く、当初はバイクに乗ったり、夜遊びをする不良少女的ニュアンスであった。後に自由奔放に生きる女性という意味でも使われたが、現在は死語となっている。(日本語俗語辞典より)

ということで、フラッパーについて、調べてみました。

劇を観ていて思ったんだけど昭和初期(大正?)とか、女性が進出していこうとした時に、

この芝居はすごく刺激的だったのかなぁと思いました。

再演ということなんだけど、今の時代の人たちが見ても、

フラッパーたちがあまり刺激的な存在に映らないのかなぁと。

あとはジャズも昔はかっこいいというか流行っている時期があったので、

この話の内容と音楽で昔はものすごく勢いがあった芝居だったんだろうなぁということが伝わってきました。

だから、今の時代にこのフラッパーをするにあたっての理由というか、

意義みたいなものがもっと強くおしだされるとよかったのかなぁと思いました。

あとは、ショートな話がいくつかあって、それが最終的に繋がって行くんですけど、

少しだけバラバラした感じがしたのがもったいない気がしました。

音楽的には、すごく感動というか、生の演奏がすごくかっこよかったです。

出だしでは鳥肌ものでした。

今でいうフラッパーは何にあたるのかなぁ?

 

なんだか切ないっていうのは伝わってきました。

串田さん、そういう芝居が好きですよね。

今回は、二階席の一番後ろのせいだったので、役者さんの表情まで詳しく見れてないので

それでこんな感想になってしまっているのかも知れませんが・・・。

次回は一階席なので、また感想が違うかもです。

それにしても上演時間が長いので、もう少し省いてもいいのではないかな?と

思うシーンもあったのですが・・・(ねずみのシーンとかいるのかな?)

もしかしたら、私の理解不足かも知れないので。

けど、松さんの話にあったような気もするのですが、

強く何かを訴える出なく、なんとなく切ないなぁとか感じられたらそれでいいのかもなんですけどね。

平日は結構まだチケットが余っているようなので、見に行けたら行きたいなぁと思いつつ、

終わり時間が遅いので、次の日に響きそうでそれは悩むところです。

私が一番せつないなぁと思った登場人物は、皇太子です。

すごくいい人なんだけど、いいように使われるだけ使われ、最後には自殺してしまう。

それも悲しかったんだけど、そのあとに、皇太子が惚れていた女の人が、

本音を話すところがあって、「そばにいてほしかった」みたいなことをいうんです。

「どう接したらいいのかわからなかった」と。

ここでさらに切ないなぁと思いました。

お互い求めあっていたのに、想いがお互いに届いてなかったゆえの悲劇って感じで。

皇太子は死んでそこで終わりだけど、この残された女性は一人生きていかなければ、

ならないんだなぁって、その傷を抱えたまま。

 

とりあえず、あと1回は確実に見る予定なので、理解できてないところもあるので、

その部分にも気をつけながら観たいと思います。

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