増田カイロプラクティック【読書三昧】

増田カイロプラクティックセンターのスタッフ全員による読書三昧。
ダントツで院長増田裕DCの読書量が多いです…。

銃を持つ民主主義

2008-03-10 14:11:14 | 増田裕 DC
銃を持つ民主主義―「アメリカという国」のなりたち (小学館文庫 ま 3-1)
松尾 文夫
小学館

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昨日、本屋で偶然見つけた。これは大変な本である。
本書を手にしたのはときあたかも東京大空襲の3月10日前であった。
著者は元共同通信の記者である。
著者は昭和8年(1933年)生まれ。子どものときに、先の戦争を体験している。
このテーマはこの体験から始まる。日本本土に飛来する米軍機の攻撃に脅え、逃げまどい、最後には焼夷弾による夜間無差別爆撃を受け、かろうじて欠陥親爆弾のおかげで命拾いした非戦闘員としての出会いである。
著者は1942年4月18日、空母ホーネットを飛び立ったB25の東京爆撃に遭遇する。これは米軍機による初の空襲であった。敗戦の27日前の1945年7月19日夜、疎開先の福井市で129機のB29の夜間爆撃を受けた。
この本で初めて知ったのだが、このB29の戦略爆撃を実行したのがルメイ将軍であり、その上司のアーノルド司令官であった。この2人の名前は記憶しておいてよい。

ルメイ将軍は非戦闘員である一般市民の居住区を含めて都市全体を夜間に焼夷弾で焼き払う「夜間無差別焼夷弾爆撃」の戦術を編み出した。

東京大空襲は325機のB29が襲来した。控え目だと批判される警視庁発表でも死者8万3793人である。そのうち半数以上が酸欠死である。負傷者4万918人。これは虐殺である。米国戦略爆撃調査団ですら、「人類の歴史でこれだけ多くの人間が焼死した例はない」と記録した。これはハーグ国際条約に違反する虐殺に他ならない。

後年、ルメイは「もしわれわれが負けていたら、私は戦争犯罪人として裁かれていただろう。幸いなことに私は勝者の方に属していた」と語っている。

この本には意外な事実も書かれている。ただし、私が知らなかっただけにすぎない。ケネディ政権の国防長官だったロバート・マクナマラ氏は太平洋戦争末期、グアム島のルメイ司令部で働き、日本の67都市に対する焼夷弾爆撃を効果的に行うための仕組みづくりと数学上の計算に従事した。これを映画化した「フォッグ・オブ・ウォー マクナマラ元国防長官の告白」があることを知った。これはDVDがあるので、購入するつもりである。「もしアメリカが戦争に負けていたらルメイ将軍も私も戦争犯罪者だった」と語っている。

以前「博士の異常な愛情」という映画を見たことがあったが、これはキューバ危機の際に強硬論をとなえたルメイ将軍を描いているという。ああそうだったのか。

1950年からの朝鮮戦争では、ルメイ将軍は戦略空軍司令官として、北朝鮮の都市や農業用ダムなど無差別爆撃を強行し、人口の20%に相当する約200万人を死亡させている。日本の焦土作戦での死者50万人をはるかに上回る数字である。

著者の問題意識は、すでに過去の人となっているルメイ将軍について書いたのは、その軍事力徹底使用主義と先制パンチ至上主義の今日性ゆえである。対イラク先制武力行使に踏み切ったブッシュドクトリンはその基本精神においてルメイ将軍の先祖返りであるから、というものである。

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