真説 ラスプーチン 上沼野 充義,望月 哲男,エドワード ラジンスキー,Edvard RadzinskyNHK出版このアイテムの詳細を見る |
これはロシアの新進気鋭の歴史家ラジンスキーの歴史4部作の1つである。これは「読んだ、飲んだ、論じた」(鹿島茂、福田和也、松原隆一郎)の書評で知って手にした。
ドフトエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」を読むと、登場人物が1人1人みな大変饒舌である。よくしゃべる。音楽で言うと、感情豊かである。まるで舞台でせりふを大声で話している舞台俳優のような感じである。ところが、この本を読むと、それがロシアの現実であったことが知られる。ドフトエフスキーはひょっとしてリアリズムであったかもしれていと鹿島氏は指摘している。
流布された説では、ラスプーチンはニコライⅡ世のアレクサンドル皇后に取り入った怪僧としてされている。本書は新しく開拓された新資料を下に、新しい光をこの人物に当てている。
ラスプーチンはロシアの農民出である。この本で初めて知ったのだが、彼はロシア正教会から分裂した分離派の中の「鞭身派」に属していた。身を鞭で叩いて身を清める宗派で、ロシアの貧農の間に普及していた。これが後に性的乱交に傾いたため、さらに一切の性欲を忌避する「去勢派」が分離する。ラスプーチンの行動を監視していたロシアの秘密警察の報告はこのことを裏書している。「カラマーゾフの兄弟」の父殺しの直接の下手人は下男のスメルジャコフであったが、彼はこの去勢派に属していたことが暗示されている。
霊能力があったせいか、多くの人の病気を治癒している。写真を見ると、異様な眼をしている。この眼の輝きから見ると、彼が宗教家として民衆の支持を得ていたことが想像できる。
後の史実によると、アレクサンドル皇后は同性愛者であったという説もあり、ラスプーチンとのセックスを否定する根拠ともなっている。
また、クリミア戦争に反対したことも知られており、彼の平和主義的側面の指摘もある。
ラスプーチン怪僧説は帝国主義勢力や革命勢力やにとって好都合であったため、長い間流布されていたようだ。
ドフトエフスキーを理解する上でも役立つ本である。