COCCOLITH EARTH WATCH REPORT

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砂の略奪が将来の世界を危うくする

2014-04-30 00:10:21 | Weblog

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要 約
 砂は砕けた山の岩が長い時の流れと様々な自然の営みを経て形を変え、浜や海底に分布されたものである。このような自然の営みは、人の手で大きく攪乱されてきた。砂は日常生活の隅々まで及ぶ用途に供されている。世界で年間150億トンの砂が採取されている。大量の砂確保のため、大型作業船による海底の砂の採取、陸上の砂の不法採取、闇取引、密輸が行われている。海底の砂の採取は生態系に壊滅的被害を及ぼし、伝統的漁法を営む漁師達の生活基盤を破壊するほか、周囲の砂の移動が誘発されて砂浜や島の消失が起きている。ダム建設は砂の海への到達を阻み、海岸線沿いの建造物造成と相俟って、砂浜の浸食を進めている。砂の断然多くが建物や道路の建設に使われている。豪華建築や高速道路は、経済成長と繁栄の証しであるように考えられてきた。しかしひとたびコンクリートやアスファルトに整形された砂は、資源としての価値を失い、経年劣化の道を辿る。砂は限りある資源である。将来の世代の負担軽減のため、節度ある利用と、代替え資材の探索や開発を進めるべきである。

目 次
まえがき
1.砂の用途と採取
2.砂を飲み込むドバイの巨大プロジェクト
3.砂に依存するシンガポールの国土拡大
4.海砂採取の影響
5.横行する砂の不法採取と闇取引
6.浸食の危機に瀕する砂浜
7.海の砂はどこから来ているか?
8.沈みゆくモルディヴと過熱する世界の砂市場
9.コンクリートや砂に替わる資材はあるのか
10.フランスのブルターニュで始まった地元の砂を守る運動
あとがき

まえがき
 4月初めのBS世界のドキュメンタリー(NHK BS1で放送)で、「サンド・ウォーズ~広がる砂の略奪~」(原題:Sand Wars。制作:フランスRappi Productions、2013年)が放送された。砂と聞けば観光地の砂浜が連想される。しかし、砂は欠かせない資源として、日常生活に深い関わりがある。各国で進む都市開発で建築資材としての需要が拡大し、砂の密輸横行や大規模な海砂採掘のよる環境破壊が起こっている。これまで環境問題は、大気、水、土壌汚染、森林破壊、砂漠化、食糧需給、化石燃料、原子力発電、再生可能エネルギーなど様々な切り口から取り上げられてきたが、資源としての砂に焦点を当てたドキュメンタリーを見たのは今回が初めてであった。ストーリーは地質学者、環境問題専門家、NGO関係者、政治家、観光業関係者、一般市民達などの証言を挿入しながら、世界の様々な場所で起こっている砂を巡る問題を紹介したもので、広く周知が望まれる内容であった。ここでは、番組をじっくり視直して視聴記にまとめてから、住宅建設や高速道路網整備を繁栄の証しとするような経済成長至上路線のからの転進を提言したい。

1.砂の用途と採取
 砂はガラス瓶には勿論のこと、様々な飲料品に含まれる二酸化ケイ素の原料でもある。二酸化ケイ素はワインに添加物として含まれ、洗剤、トイレットペーパー、食品の乾燥剤、へアースプレー、歯磨きなど多くのものに使われている。また、砂は産業に重要な元素を含む鉱物の結晶で、高品質な砂がなければIT技術の基本素材であるシリコンチップを製造できない。砂は航空機の機体や、ジェットエンジンに使う軽合金、プラスチック、塗料、タイヤの原料でもある。
 砂を最も多く使う産業は、コンクリートを主要な建築材料として扱う建設業である。コンクリートは接合材であるセメントに砂や砂利を水と混ぜて固めたものである。砂や砂利はコンクリートの7割ほどを占め、骨材と呼ばれる。平均的な家一軒に必要な砂の量は200トン、病院などの大きな建物なら3000トン、高速道路(註:セメントの代わりに原油成分で最も重質なアスファルトを使用)は1キロごとに30000トン、原子力発電所建設にはおよそ1200万トンの砂が必要である。1年間に地球上で採取される砂は、150億トンを超えると言われ、水を除けば、砂は地球上で最も消費量の多い商品である。
 かつて砂や砂利はどこにでもあり、ただ地面を掘ればよかったが、今は取り尽くされてしまった。標的は川砂(註:中国で違法採取のため、河岸の崩壊の事例あり)、ついで海砂に目が向けられ、1日40万立方メートルの砂を採取することさえ可能な海砂採取船が使われるようになった。1隻25億円から200億円もする海砂採取船が世界の海をめぐり、唯の砂を可能な限り吸い上げようとしている。

2.砂を飲み込むドバイの巨大プロジェクト
 昔は漁村だったアラブ首長国連邦のドバイは近代建築が林立し、開発業者にとって壮大な夢の箱庭になっている。人工的に島を造成するドバイの建設プロジェクトは、コンクリート以上に砂を消費した。2000年以降、投機で不動産価格が高騰、開発業者は土地を買うより作る方が安上がりだと考えた。当時好調な経済に後押しされ、政府は領土拡大プロジェクト「ザ・パーム」(註:ヤシの木を模した人口島群の造成)を実行した。世界8番目の不思議と称するこのプロジェクトには,120億ドル以上の資金と、ドバイの海岸から採取した1億5千万トンもの砂がつぎ込まれた。ザ・パームの建設が進む中、尽きることがないと考えた資金と砂を武器に、ドバイは300の人工の島を世界地図の形に海に浮かべたプロジェクト「ザ・ワールド」にも着手した。このプロジェクトは、140億ドルの資金と、ザ・パームの3倍もの砂を飲み込んだ。
2008年のリーマン・ショック以降、埋め立て現場は放りだされ、人気のない島が再び裕福な買い手が殺到する日が来るのを待っている。しかし開発業者にとって危機は金融面にとどまらない。過剰な開発によりドバイの海岸の砂は掘り尽くされ、国内では調達できなくなっている。ドバイは国土の大半が砂漠なのに、なぜ砂漠の砂を使わないのであろうか。地質学者マイケル・ウェランドによれば、絶えず風に巻き上げられ、こすられて丸く滑らかになっている砂漠の砂は人工島造成に不向きで、角ばってザラザラした自然に固まる海砂でないと用をなさないという。

 自前の海砂を使い果たしても、ドバイに諦める気配はない。建設当時世界一の高さを誇ったブルジュ・ハリファ(註:最頂部 828.9 m、最上階 621.3 m)は、地球の裏側から運んだ砂で作られた。3500ものオーストラリア企業が、アラビア半島に砂を輸出している。その収益は今や年間50億ドルに迫る勢いだが、これは世界の砂の流れの一部に過ぎない。国際NGO団体活動家ジョージ・ボーデンによれば、砂を輸入に頼る国は多く、建設や埋め立てなど様々な目的のために、世界的規模で砂の取引が行われているという。


3.砂に依存するシンガポールの国土拡大
 シンガポールも砂を大量に必要としている。過去30年間で、シンガポールはアジアの金融センターに発展し、アジアで最も裕福な国になった。その間に人口は2倍以上となり、人口密度が急激に高まった。シンガポールは過去40年で2割近く国土を広げたが、殆どは砂の埋め立てによるものである。既に130平方キロの海を陸地に変えた国土拡大計画は2030年まで続く。自国の砂を消費し尽くしたシンガポールの存続は砂の輸入にかかっており、近隣諸国の資源に手を伸ばしている。カンボジア、ベトナム、マレーシア、インドネシアがシンガポールへの砂の輸出を禁止しても、シンガポールの業者が不正取引の人脈を使い、架空の会社を通じて近隣諸国で砂の供給源を確保し続けている。政府はASEANの環境リーダーを標榜している一方で、企業は、近隣諸国の砂を採取し、人権侵害や環境破壊を招いているとボーデンは批判している。

4.海砂採取の影響
 海底の大部分は岩場になっているか、何万年もかけて堆積した薄い砂の層に覆われている。砂は海中の食物連鎖と密接に関わっており、砂がなくなれば大小問わず全ての生物の命が脅かされる。大型の機械で海底の砂を採取すれば、そこに住む生き物も一緒に吸い上げてしまい、生態系は壊滅状態に追い込まれる。インドネシアの漁民の大半は伝統的漁法に頼っており、魚がいなくなれば漁民達の生活は危機にさらされる。
 海砂採取の影響はそれだけにとどまらない。地質学者ウェランドによれば、砂の島は長い年月をかけた風、波、海流などの絶妙な働きでできている。沖の砂を大量に採取すると、残った砂の移動が始まり、島が消えてしまうことさえある。その影響は資源や経済問題にとどまらず、国境線変更に及ぶこともある。海砂採取の影響で、既にインドネシアの海から幾つかの島がなくなってしまったという衝撃的な報告もある。


5.横行する砂の不法採取と闇取引
 モロッコの観光地タンジールの砂浜には、不法の砂採掘業者が殺到している。モロッコでは不動産市場の活気に後押しされ、建設ブームが起きている。勢いに乗った開発業者たちは、たとえ不正取引をしてでも、大量の砂を手に入れようと暗躍している。モロッコで建設に使われる砂の半分近くが不正に取られたものだと見られ、その出処のほとんどが海岸だと考えられる。しかし、塩分が多い海岸の砂を適切な除塩処理を行わずに使うと鉄筋の腐食が進み、建物は崩壊の危険という時限爆弾をかかえる可能性がある。皮肉なことに、観光資源であった砂を盗んでまで建てたホテルやコンドミニアムは、いつ崩れてしまわないとも限らない。
 環境NGO代表スマイラ・アブドゥルアリーによれば、インドの金融の中心地ムンバイでは、急激な人口流入で空前の住宅ブームによる建設ラッシュが起きている。建設業界が活況を呈する中、砂の盗掘、闇取引は大きなビジネスになっている。砂マフィアは、インドの犯罪組織の中でも特に強力で、ムンバイの多くの建築現場や建設資材ビジネスを支配し、建設業界全体を勢力下に収めている。加えて彼らは政界にも人脈を広げ、砂の採取から建物の建設まで全てにわたり利益の流れを砂マフィアが仕切っている。違法な砂採取業者はインド各地の海や川の何千という採取現場で、白昼堂々と取引を行っている。砂浜は違法な採取業者にとって簡単に砂が取れる場所で、観光地として人気のある美しい砂浜さえ標的となっている。

6.浸食の危機に瀕する砂浜
 カリフォルニア大学海洋科学研究所所長ゲーリー・グリッグスによれば、世界中の砂浜の75%から90%が程度の差こそあれ、浸食されつつあるという。メキシコのカンクンでは、家の前にあったフットボール場ほどの砂浜がこの2年で消えて、波打ち際が床下まで迫ってきている。地質学者オリン・ピルキー(デューク大学名誉教授)は、「砂浜は沖合の深さ10メートル程のところまで続いており、砂はそこから浜辺までの間を行ったり来たりして砂を平にならしているように思える」と語っている。砂浜は自然のサイクルの中で季節によって変化する。夏には厚みが増し、冬は陸の側に広がって波の力が吸収される。つまり浸食されないために、砂が移動できる余地が必要なのである。海岸線に建物を建てると、砂は行き場を失い、沖へと運び出されてしまう。世界の人口は沿岸部に集中する傾向がある。沿岸部の都市の人口増加が加速すれば、人口密度はさらに高まり、建物がどんどん海岸線に迫っていくので、狭くなった砂浜の存続が危ぶまれている。

 フロリダのマイアミビーチでは、海のすぐ近くに大きな建物を建てたために、砂が行き場を無くして流失してしまった。フロリダでは砂浜のほとんどが消滅の危機に瀕している。海辺のリゾートビジネスはホテル、飲食業、交通など広範囲にわたり、地元経済の半分を砂浜に依存する事実さえある。砂の流失は観光業者にとっても、観光客にとっても大問題である。経済的余裕のある都市は、砂浜補充のために天文学的予算を投じて海底から砂を吸い上げ砂浜に撒いている。しかし、浸食対策施工会社経営者ティック・ホームバーグは、この方法は海砂の中にいる全ての生物が粉々にして吸い上げ、散布するので砂浜の生物は生き埋めになり窒息する。金のために生き物を殺しているだけだと批判している。いずれにしても、砂の補充は根本的解決にはならず、1、2年経てば砂は再び海に流されてしまい、同じことの繰り返しになる。それでもこの方法はよく採用され、業者を喜ばせているが、ピルキー教授は裏で大金が動いていると糾弾している。
 海岸工学の分野では砂浜に砂をとどめるために堤防や防波堤が必要との意見が主流である。しかし地質学者ウェランドによれば、砂は必ずしも人間が望むようには動いてくれない。要はバランスの問題で、港や護岸を造れば当然バランスが崩れ、自分のところの砂浜だけを守ったとしても、本来近隣の砂浜にゆくべき砂の動きを妨げるだけなのだという。サーファー団体コンサルタントショーン・トムソンは、自分の行いがどこか別の場所に影響を与えることに気づいていない、人々の無関心さが悲劇を招いており、海岸線の再開発には慎重すぎるほど慎重であるべきと語っている。グリッグス所長も、防波堤や堤防にはそれなりの効果があるが、長い目で見れば結局は自然に勝てず、大抵最終的には失敗に終わると語っている。

7.海の砂はどこから来ているか?
 海の砂の大部分は遠く離れた場所からやってくる。フロリダの砂の源はノースカロライナ、サウスカロライナ、ジョージアさらには遠くヴァージニアのアパラチア山脈から流れ出る多くの川である。砂の一生は岩が割れることから始まる。川で花崗岩や砂岩が砕けて粒になり、小さな流れから大きな川に流され、何千年、或いは何百万年のかけ、幾つもものハードルを超えたものが海にたどり着く。アメリカでは1776年の独立宣言以来、およそ一日にひとつの割合で作られてきた8万ものダムが川の流れをせき止めている。中国でもエネルギー需要増加に伴って続々とダムが作られ、世界には大小84万5千以上のダムがある。地球上の砂のうちかなりの量がダムに堆積している。ダムを越えられても、河川で人間に採取されてしまう。多くの国で規制されているにもかかわらず砂の不正採取は止まらない。規制自体が甘い国もある。世界の砂浜を育む筈の砂のおよそ半分が海までたどり着けないと言われている。グリッグス所長は、治水や電気のためにダムを作るのは良いことだが,下流に砂が流れなくなる。自然のバランスを元に戻すにはどうすべきか、文明という名のもとに我々が自然に与えてしまった影響を減らしてゆく為の行動が必要だと語っている。環境NGO創設者イヴォン・シュイナードは、砂はバリケードの役割を演じており、無くなれば海面上昇の速度が早まり、多くの都市が海に沈んだりする危機がどんどん迫ってくると警鐘を鳴らしている。

8.沈みゆくモルディヴと過熱する世界の砂市場
 インド洋に浮かぶ島嶼国家モルディブでは、海に潜ってサンゴ砂を集め、開発業者に売る商売が何年も続けられてきた。しかし海面上昇が進む中、砂の採取による被害でモルディブは深刻な状況に置かれている。砂浜の侵食が驚く程早く進み、家を守ろうとする住民の必死の努力にもかかわらず、100を超える島々が居住不能となり、首都マレのようなより大きな島に人口が集中している。過密状態にあるマレの土地に、新しい家々が建つことになる。皮肉なことに、新たな建築には更なる砂が必要である。

 モルディブの砂浜から遠く離れた場所で、人間の欲と投機が世界の砂市場を動かしている。ムンバイの住宅価格はすでにほとんどの人に手が届かず、ビルやアパートの多くは投資や投機の対象になっている。ある調査によればアパートの半数以上は空き家で、建築業者が値上がりを目論んで押さえているという。開発と称した建築が続いているが、本当に必要な人たちは入居できないため、スラムの人口だけが飛躍的に増加している。ムンバイだけが特殊な例ではなく、空前の建設ブームで住宅価格もかつてないほど高騰している。今や都市人口の三分の一がスラムに住む一方で、ゴーストタウンや人の住まないアパートが世界中で建設されている。中国では6500万ものアパートが空き家になっているのに、建設業界は活況を呈し、大量の砂を消費している。スペインでは2008年の住宅バブル崩壊により、1996年以降に建てられた住宅の3割が空き家のままになっている。新設したものの、飛行機の発着の全くない空港が幾つもある。ドバイではあのブルジュ・ハリファの9割が空き家になっているが、建設ブームと砂の輸入は続いている。不動産投機だけが砂の浪費の原因ではなく、公共事業にも一因がある。世界中の道路のアスファルト舗装にも膨大な量の砂が骨材として使われている。しかし政治の世界でこの問題が大きく取り上げられたことは未だない。環境問題研究家キラン・ペレイラは政治家、科学者、エンジニアが知恵を結集して、最も消費量の多い建設業界に代替え案を提出することが重要だと語っている。

9.コンクリートや砂に替わる資材はあるのか

 一旦コンクリートとして閉じ込めてしまったら、砂はもう二度と資源としては使えない。コンクリートに替わりうる建設資材はあるのであろうか。シュイナードによれば、刈り取ってあと捨てていた藁は耐震性、完璧な防音・断熱性、そして耐火性もある。床のセメントを除けば、藁や鉄骨など95%リサイクル資源で家が建つという。リサイクル資源は沢山ある。がれきも道路や住宅の建設に再利用できる。しかし、こうした代替え案に、建設業界の旧態依然とした体質や、執拗なロビー活動が立ちはだかる。建設会社はコンクリート用の設備や資材に大金を投じている上、コンクリートを扱う事の方が慣れており、工法を根本的に変えさせるのは容易でない。
 では骨材の砂に替わりうる物質はないであろうか。サンフランシスコの北にグラスビーチと呼ばれる砂浜がある。そこに捨てられたゴミの中のガラスが長い間に波に砕かれて丸くなり、キラキラと輝く砂浜ができたのである。ガラス瓶や容器はどこにでもあり、普通は回収されて新たな容器に整形されるが、それを細かく砕けば砂のようになる。フロリダでガラスを使った試みが行われた。ガラスの原料は砂であるから、見た目だけでなく、性質も砂と同じものが得られた。ガラスの砂をまいた砂浜で、ウミガメが産卵した例さえあるという。世界中で再生されずゴミとして廃棄されているガラスを粉砕すれば、コンクリート用の完璧な骨材となるが、天然の砂と比べるとまだコストが高すぎる。砂の価格が今より上がれば、ほかの資源にも目が向けられるであろうが、今は砂が非常に安く、代替え資源が太刀打ちできない状況にある。

10.フランスのブルターニュで始まった地元の砂を守る運動
 様々な努力がなされる一方で、砂の獲得競争が激化し、業者は新たな採取場所に触手を伸ばしている。フランスブルターニュの沿岸でも、砂を貪欲に求める多国籍企業が海底の砂を採取しようと計画し、伝統的漁業を生業とする漁師たちが怒りを顕にしている。漁師たちの怒りが政治家と市民をつき動かし、地元の砂を守ろうという運動に発展した。子供たちは浜辺で学んだ砂の大切さを両親や、建設現場の人々や、砂を持ち去る人々に伝えようと声をかけあっている。こうした草の根の運動が世界中の同じような人々に行動を起こさせ、砂の略奪を阻止することにつながるかも知れない。コメンテイター達から、「自分の生活や地域社会における地元の砂浜を理解することが解決につながる」、「楽しんで学んで、砂浜を消滅させないために行動を起こして欲しい」、「世界中の若い世代が声を上げ、問題の深刻さを周囲の人に気付かせて欲しい」、「砂のお蔭で築くことができた社会を考えて、砂にもっと敬意を払うべき」、「高速道路やダムのような巨大な枠組みから離れて、シンプルな生活に戻るべき」等々の提言があった。
 フロリダの砂浜の浸食を巡る場面で、サーファー団体コンサルタントのショーン・トムソンは、次のように総括していた。「・・・私たちには責任があります。子供たちに残すべき大切な宝を失いたくはありません。問題なのは私たちの欲や無責任さ、そして単なる無関心さです」。番組の終わりに、ナレーターは、「環境や人間の生活にとって砂がどれほど重要か、私たちが認識を改めなければなりません。自然に寄り添った開発の方法を模索してゆくことが砂の略奪を終わらせ砂浜や島を守ることにつながるでしょう」と結んでいる。

あとがき
 砂の用途は極めて広く、日常生活の隅々まで関わりを持っている点で、空気や水と同様にあって当然のように感じている物質と言えるであろう。このドキュメンタリーは、砂を切り口に環境問題を考えるきっかけを与えてくれた。砂は割れた岩石が川の流れの中で何千年、或いは何百万年の歳月をかけて砕けて粒になって海に辿りつき、風、波、海流などの絶妙な作用のバランスで島や砂浜ができている。このような自然の営みは、人の手で大きく攪乱されてきた。世界には大小80万以上のダムが造られ、地球上の砂のうちかなりの量がダムに堆積している。ダムを越えても人の手で採取される分を合わせると、海の砂となる筈のおよそ半分が海に辿りつけないといわれる。
 世界で年間150億トンの砂が採取されている。これは世界の石油、穀物、粗鋼生産量のそれぞれおよそ40、24,16億トンを大きく上回る数値である。大量の砂確保のため、大型作業船による海底からの砂の吸上げや陸上の砂の不法採取、闇取引、密輸が行われている。海底からの砂の吸上げは生態系に壊滅的被害を及ぼし、伝統的漁法を営む漁師達の生活基盤を破壊するほか、周囲の砂の移動が誘発されて砂浜や島の消失が起きている。
 砂浜は沖合の深さ10メートル程のところまで続いていて、砂は波の働きでそこから浜辺までの間を行き来している。海岸線に建った建物で行き場を無くした砂が、沖へ運び出されて砂浜の浸食が進んでいる。世界の人口は沿岸部の都市に集中する傾向があり、人口増加が加速すれば、建物がどんどん海岸線に迫り、浸食が更に進むであろう。これに海面上昇も加わって、多くの都市が海に沈む危機が迫りつつある。

 砂が最も多く使われているのは、建物や道路の建設である。活況を呈する建設業界では、投資や投機を対象とした住宅建設が進む一方、本当に必要な人々が入居できずに膨大な戸数の住宅が空き家になっているという。自動車産業は販売台数の増加を目指しているが、世界中に道路網が整備されなければ、増えた車が走り回ることができない。世界中の道路のアスファルト舗装にも膨大な量の砂が使われている。見栄えのする高級住宅や整備された高速道路網は経済成長と繁栄の証しであるように考えられてきた。しかしひとたびコンクリートやアスファルトに整形された砂は、資源としての価値を失い、経年劣化の道を辿る。砂は限りある資源である。節度ある利用と、代替え資材の探索や開発を進めるべきである。これまでのような経済成長至上路線を歩み続けることは、将来の世代の負担を増やし続けることになる。心ある人々が提言している量的幸せ追及から質的幸せ追及へ本気で転進を考えるべき時になっている。

追:番組中に度々登場した地質学者マイケル・ウェランドの著作が発刊されている。
砂~文明と自然(2013年2月 築地書館、3240円)

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