今年6月、スイスでは「ベーシックインカム制度」の実現に向け国民投票が行われるそうだが、可決されれば、成人には毎月2,500スイスフラン約30万円、未成年には625フラン約7.5万円が無条件で国から支給されることとなるとのこと。
可決されるかどうか以前に、この国民投票が行われることは、すごい事だと思う。全国民が一定の収入を無条件に保証される国をつくるにはどうすれば良いのか、もしそれを実現するどうすれば何のために働くのか。一つの国が皆んなで考えるのだから。
お金に換算できない価値をいかに社会制度に結びつけるか、経済と労働についての別なる視点が私たちの生活の根底を変える時代が来ていることを感じる。
ベーシックインカムは福祉的な視点というよりは、人生における仕事の捉え方そのものに関わる経済実験ではないかと思う。
僕らの国では自分が食べるために働かなくてはならないが、本当にそれで良いのかと思うことは多い。
賃金の支払われない労働や、賃金が低い労働には、お金を直接生み出すこと以上に人間生活の根底に関わっているものも多々ある。子どもを育てること、介護すること、家事、僕が関わっている芸術も、学術や思想の探求も、資本主義・大量消費の歯車に乗る一部を除いては、そうだ。それらは、お金を生むためのものではないが、お金以上の価値がある個人個人の働きだと思う。
僕らはこのまま収入のために働くのか、それとも、、、。
ベーシックインカムは答えではないという人もいるが挑戦する価値がある実験なのではないかと思う。働くとは何か、お金とは何か、考え直す一つのキッカケになるのではないかと思う。
可決されるかどうか以前に、この国民投票が行われることは、すごい事だと思う。全国民が一定の収入を無条件に保証される国をつくるにはどうすれば良いのか、もしそれを実現するどうすれば何のために働くのか。一つの国が皆んなで考えるのだから。
お金に換算できない価値をいかに社会制度に結びつけるか、経済と労働についての別なる視点が私たちの生活の根底を変える時代が来ていることを感じる。
ベーシックインカムは福祉的な視点というよりは、人生における仕事の捉え方そのものに関わる経済実験ではないかと思う。
僕らの国では自分が食べるために働かなくてはならないが、本当にそれで良いのかと思うことは多い。
賃金の支払われない労働や、賃金が低い労働には、お金を直接生み出すこと以上に人間生活の根底に関わっているものも多々ある。子どもを育てること、介護すること、家事、僕が関わっている芸術も、学術や思想の探求も、資本主義・大量消費の歯車に乗る一部を除いては、そうだ。それらは、お金を生むためのものではないが、お金以上の価値がある個人個人の働きだと思う。
僕らはこのまま収入のために働くのか、それとも、、、。
ベーシックインカムは答えではないという人もいるが挑戦する価値がある実験なのではないかと思う。働くとは何か、お金とは何か、考え直す一つのキッカケになるのではないかと思う。