昔の人の踊りを実際に観ることは出来ない。しかし遺されたわずかな断片に魅了され、そこから想像がどんどんひろがって、観ることも会うことも叶わない昔のダンサーに気持ちをとられそうになることがある。
マリー・ヴィグマンもその一人で、そのそんざいに僕はなぜか魅かれてしまう。ナチ台頭を目前にしたドイツの革命的なダンサーだ。
フィルムがのこっているものにヘクセンタンツというソロがあり、魔女の仮面をかぶり座ったまま踊る。一度も立たない。稲妻のような音とシンクロして、丸めた背中から手や足が空を刺す。その指先の強さに、その肩を怒らせる勢いに、息をのむ。背中が、足首が、、、あちこちの部位に激しい生命がある。ひとりの女の身体が噴火するみたいだ。
主題がつよくて動きのいちいちに意味合いが濃くとれるのに、それ以上に、踊っている身体の存在感に僕はやはり気持ちがうごく。
初めて知ったのはフランスの古本屋だった。いい写真集があった。大きく腕を広げて、鷹のような眼で空の彼方を射ている。しかし浮くことなく地上に食い込むように立っている。そんな写真に眼が釘付けになった。
生々しい。凛とした姿でいながら実に官能的に感じる。何者なのだろう。その姿態の美しさ、その表情のおそろしいような深さに衝撃を受けた。
この人が踊るとき、いったいどんな場が生まれたのだろう。この人の呼吸から、いったいどんな時間が聴こえていたのだろう。たびたびそう思いながら、この人の写真をみる。