身体は言葉を呼び、
言葉は身体を育む。
身体は言葉によって変化し、
言葉は身体によって世界につながってゆく。
そのような実感がある。なぜそんなことを、、、。
と、新たな作品構想を進めながら、思う。
写真は2012年に鎌倉小学校で行った公演の稽古風景で、上記のような感覚をいだくようになったキッカケの一つが、この公演にあったかもしれないと振り返る。
『コドモのりょうぶん〜The Child's Territory』と題したこの公演は、いま思えば、東日本大震災をきっかけに連続創作した4つの作品(「TABULA RASA 2011(2011年7月・東京)」、「かつてなき、結晶 - 3.11/SILENT(2012年3月・東京)」、「むすび ・天地礼讃内景(2012年8月・越後妻有アートトリエンナーレ)」、「Hakobune:方舟(2012年10月・ルクセンブルク)」)を通じて出てきた、ダンスというものに対する僕なりの考えや思いを、小学生のための公演、という企画をお受けすることで、ある意味ハッキリと自覚する機会にもなっていたかもしれない。
この時の音楽(作曲・演奏=寒川晶子)は、全ての鍵盤がド音に特殊調律されたピアノによって演奏されるというものになり、舞台美術(美術=西川昌和)は、観客でもある小学生たちに書いてもらった文字が会場を埋め尽くし、そこに雨が降り注ぎ、文字が洗い流されて消えてゆく、というものになった。
あのなかで、いかなる思索や想いが実現され、かつ、実現され得なかったのか、何を見つめ、何を見つめ得なかったのか、あそこから、何が燃え続けているのか。いま、気になる。いま、次作を進めるなか、再考すべきかと思う過去作がいくつかある、そのひとつでもある。
新作を構想する時間は過去反芻の時間でもある。