世界のどこかで起きていること。

日本人の日常生活からは想像できない世界を垣間見たときに記しています(本棚11)。

武漢、新型コロナ発生の5年後。

2025-02-18 15:22:57 | 日記
あれからもう5年も経つのですね。
2019年末に「中国で新型肺炎が流行している」というニュースを耳にし、
「はて、今回のウイルスは何だろう?」
くらいに思っていたら、あれよあれよという間に全世界に拡大したCOVID-19。

その始まりは武漢でした。
当時のトランプ大統領が「中国ウイルス・武漢ウイルス」と呼んで物議を呼びました。
その後沈静化していましたが、
トランプ大統領が再登板し、またきな臭い空気が漂い始めました。


▢ コロナ「震源地」中国武漢の今を歩く。残された傷は  トランプ2.0発足で「中国ウイルス」の批判再来も、くすぶる両国間の火種
杉田正史:共同通信
2025/2/16:47NEWS)より一部抜粋(下線は私が引きました);

 中国湖北省武漢市で、新型コロナウイルス感染症の発生が世界で初めて明るみに出てから5年がたった。中国の習近平指導部はロックダウン(都市封鎖)や人工知能(AI)を駆使したデジタル監視といった強硬措置を展開して、新型コロナ流行の抑え込みに「成功」したと誇示する。だが世界を未曽有の危機に陥れた新型コロナの流行「震源地」で危険と背中合わせの日々を過ごした武漢の市民らは、ポストコロナの国内経済の低迷もあって不満を募らせている。

▶ 指導部は”ロックダウン成功”を主張するが… 「震源地」武漢、不満募らせる市民たち
 さらに米国で第2次トランプ政権が発足したことで、トランプ大統領が第1次政権時と同様に新型コロナの起源を巡り「中国ウイルス」と呼んで対中国批判の材料にすることも予想され、米国と中国の対立が再燃する火種もくすぶる。
▽兵士が舞い降りた巨大病院
 中国内陸部の湖北省にある人口1千万人を超える大都市・武漢市。2019年12月30日、武漢市当局は何の前触れもなく、「原因不明の肺炎患者」が次々に確認されたと医療機関に通知を出した。翌31日には一般にも公表したが、当局が「人から人への感染」を認めたのは2020年1月20日になってからだった。  新型コロナという“見えない敵”との戦いが始まった武漢市。市中に患者はあふれ、一時は治療体制が追い付かずに医療崩壊が現実味を帯びていた。 
 混乱が続く中、武漢市政府は2020年1月23日、医療現場のひっ迫状況に対応するため、新型コロナ専用の臨時病院「火神山医院」の建設を決定した。突貫工事で約10日後には完成し、運用期間は約2カ月にわたった。 
 市中心部から西に約40キロ。2024年12月中旬、記者は「医療のとりで」として活躍した「火神山医院」の跡地を訪れた。総敷地面積は約7万平方メートル。建物面積は東京ドームよりやや小さい約3・4万平方メートルと巨大だ。
 「天から神の兵士が降り、1400人超の白衣の天使が一線で戦った」。関係者によると、土ぼこりをかぶった看板には、流行当初に急派された軍や医療従事者らを英雄視する言葉が並ぶという。 
▽放置されたままの設備
 プレハブ造りの病棟は感染者の隔離や重症者の治療、ウイルス検査といった目的別に分かれ、病床は千床に上る。関係者によると、窓の鉄格子はさび付き、「封印」の紙を張ったドアは開きっぱなし。「武漢加油(頑張れ)! 抗疫必勝!」。今でも防護服を着た人のイラストが入ったポスターも張られており、外部連絡用とみられる小型モニターや、「酸素」「吸引」と書かれた設備も残されたままという。 
 看板には「収容した3059人のうち96・8%が回復し退院した」との文言が続くが、市民の命を守ったという誇りを感じる一方、廃虚と化した建物から当時の活躍を想起することは難しかった。 
▽「危険だ」と店主は言った
 流行の最初期に多くの感染者が出た市内の「華南海鮮卸売市場」にも足を運んだ。近隣で普段使いされる「色々な食材がそろっている市場だった」(周辺住民)。
 外観は工場のよう。1階にあった市場は外壁がぼろぼろで、窓ガラスは一部ひびが入っている。中の様子は高いフェンスで囲われていて見えないようになっている。外付けのスロープから2階に上がると、2階部分には眼鏡の卸売店が30軒ほど軒を連ね、客はまばら。眼鏡をかけていたからか、次々店員らが売り込んできた。1階が「過去」、2階が「現在」。明確に世界が分かれているようだった。 
 世界保健機関(WHO)国際調査団は2021年1月末に「華南海鮮卸売市場」を視察した。しかし今もなおウイルスの起源は突き止められていない。 
 せっかくだから黒縁眼鏡を新調しようと思った。約20年前から眼鏡店を営む男性は雑談に愛想良く応じていたが、話題が新型コロナに及ぶと「実家に戻っており覚えてない」とぴしゃり。それでも聞くと「覚えていないんだって」と声を荒げ、表情が一変した。1階に下りることはできないのかと記者が聞くと、一言だけ忠告してきた。「1階には行くな。危険だ」 
▽トランプ氏復権、中国側の懸念
 トランプ米大統領と同じ共和党が多数を占める米下院の特別小委員会は2024年12月、新型コロナを巡り、中国武漢の研究所に関連した事故でウイルスが出現したとみられるとの最終報告書を公表した。第1次トランプ政権は新型コロナを「中国ウイルス」と呼び、「中国による武漢ウイルスの隠ぺいで世界的な感染拡大が起きた」と中国を非難している。第2次政権も、コロナ起源や流行拡大の責任論を持ち出して中国を攻撃する可能性がある。 
 これまでの科学研究はおおむね、野生動物を扱う武漢市の「華南海鮮卸売市場」で動物から人間にウイルスが広まったとする説を支持している。2024年9月、米国とフランスのチームが流行最初期に市場で採取された試料の遺伝情報の解析結果を米科学誌セルに発表した。タヌキやハクビシンなどが起点になった可能性が高いと指摘した。 
 一方で英科学誌ネイチャーによると、武漢の研究所の担当者は中国南部のコウモリからウイルスを収集したことは認めたが「新型コロナとは近くない」と主張した。
 中国外務省の林剣(りん・けん)副報道局長は記者会見で、米最終報告書は「中国を陥れる政治的な操作だ。信頼性はない」と反発した上で、「他国への侮辱」をやめるよう米側に要求した。 
▽習指導部への消えない疑念
 中国の習近平指導部は、新型コロナの流行を巡る情報隠しや初動対応の遅れから国内外の批判にさらされ、“汚名返上”とばかりに強硬措置を次々に実施した。 
 2020年1月23日に武漢市を封鎖したのを皮切りに、全市民へのPCR検査や、デジタル監視を使った厳格な「ゼロコロナ」政策を全国に拡大した。体制批判につながる言論の統制も強化した。こうした措置は経済活動の停滞、富裕層や若者世代の国外流出という“副反応”を生み出すことになった。 
 習指導部は新型コロナとの戦いで「大勝利を収めた」とアピールする。だが葬儀業の男性は「当時、近隣の団地だけでも死者が相次いで対応できなかった」と振り返る。 
 当局によると2024年11月までの中国の死者数は約9万人で、人口比では日本や米国よりも圧倒的に少ない。中国では実際の死者数がもっと多かったとの疑念が消えない。2022年12月には詳細な統計の発表も停止され、実態の把握は難しい。 
 新型コロナ禍の激動の日々がうそのように、武漢の街中ではマスクを着けた市民の姿は数える程度だ。飲食店の店内は客でにぎわい、ソーシャルディスタンスを訴えるポスターは破れて文字が見えなくなっていた。武漢市の20代の女性会社員は新型コロナ感染で親戚を亡くした。葬式は執り行えず火葬にも立ち会えなかった。コロナ禍は「悪夢だ」。悲しい思い出は消えない。
 中国経済の低迷は今も続いている。2年間の休業に追い込まれた武漢市の飲食店の女性は「中国の景気は低迷した。何をもって勝ったと言うのか」と不満を口にした。


グリーンランドは誰のもの?

2025-02-17 18:30:04 | 日記
大国の間で綱引きされる島々・・・たぶん、世界のあちこちに存在していると思われます。
今から40年くらい昔、北方領土について日本とソ連(現在のロシア)の若者達がテレビ会議をした番組がありました。
双方、「わが国の領土だ」と主張する中、
日本の女子高生が放った言葉が会場のみんなを黙らせました。
「北方領土は、北方領土に住んでいる人たちのものだと思います」

今回、トランプ大統領の発言からグリーンランドが話題になりました。
実は彼の提案、今回が初めてではないようです。

▢ 米国のグリーンランド購入、失敗の歴史 なぜ狙い続けるのか
再びの野心に「グリーンランドはグリーンランドの人々のものです」と自治政府首相
2025.01.28:National Geographic)より一部抜粋(下線は私が引きました);

 米国は冷戦時代をピークに100年以上にわたり繰り返しグリーンランドに食指を動かしてきた。狙いは豊富な地下資源と、その戦略的な位置だ。しかし、グリーンランドの指導者たちはこうした野心を常に拒んできた。なぜこれほどまでにグリーンランドは狙われるのか、領土購入の試みや軍事基地を巡る交渉の歴史からひも解いていこう。

▶ 米国がグリーンランドに初めて関心を持ったのはいつ?
 米国が世界最大の島であるグリーンランドに関心を持ち始めたのは19世紀の後半。1867年に720万ドルでロシアからアラスカを購入した当時の国務長官ウィリアム・H・スワードが、領土拡大のための次の候補として関心を寄せたのがグリーンランドとアイスランドだった。
 スワードが1868年に作らせた報告書はグリーンランドの購入目的として、広大な漁場、野生動物、そして豊富な鉱山資源を挙げている。報告書はまた、グリーンランドを購入すればアラスカとグリーンランドの間に位置するカナダも米国の一部にならざるを得なくなるだろうと指摘している。スワードはカナダの獲得も視野に入れていたからだ。
 しかし、グリーンランドは単なる無人の氷山などではない。れっきとしたデンマークの自治領であり、何世紀もの間、イヌイットをはじめとする先住民族が暮らしてきた島だ。先住民たちは北極圏の厳しい自然環境を生き抜き、漁業や狩猟、土地への結びつきを中心とした伝統を育んできた。(参考記事:「氷に覆われてるのに「グリーンランド」、なぜ?」)
 こうした事実に米国はほぼ目を向けることなく、もっぱらグリーンランドの戦略的な重要性と天然資源に注目していた。こうした米国の姿勢はその後何十年も続く。
 「要するに米国の関心事は戦略的な位置と鉱山資源の2点に尽きるのです。それは今も変わっていません」と、デンマークの首都コペンハーゲンを拠点に活動するジャーナリストで、『Fury and Ice: Greenland, the United States and Germany in World War II(激情と氷:第二次世界大戦におけるグリーンランドと米国とドイツ)』の著者であるピーター・ハルムセン氏は言う。
 スワードのグリーンランド購入の試みは失敗に終わったが、米国の野心が消えることはなかった。1910年、当時の駐デンマーク米国大使だったモーリス・イーガンは、複雑な領土交換を提案する。
 それは、米国が植民地支配していたフィリピンのミンダナオ島やパラワン島などを、デンマークの植民地だったグリーンランドおよびデンマーク領西インド諸島と交換し、デンマークはそれらのフィリピンの土地を、当時ドイツに割譲されていた北シュレースビヒ地方と交換すればいいというものだった。しかし、この案も実現には至らなかった。

▶ 戦時にグリーンランドが果たした役割
 第二次世界大戦中、グリーンランドの重要性に注目が集まった。1940年にドイツがデンマークを占領すると、米国は南北米大陸を含む西半球にヨーロッパ諸国が勢力を拡大しないようけん制するモンロー主義に基づき、グリーンランドの確保に動いた。
 1941年4月、米国は駐米デンマーク大使と「グリーンランドの防衛に関する合意」に署名する。この合意によって米国はグリーンランドに軍事基地を置き、利用する権利を得た。グリーンランドのクリオライト鉱床は、航空機の製造に欠かせない重要な資源となった。グリーンランドの気象観測所も、連合国にとってヨーロッパの天候を予測する上で必要不可欠となった。
 1945年5月にナチス・ドイツが無条件降伏すると、デンマークは米軍がグリーンランドを去ることを期待したが、米軍は基地の維持を望んだ。
 「米国の安全保障上、グリーンランドに留まることが必要だと考えたのです」と、米国の元外交官で、今は米シンクタンク、ジャーマン・マーシャル財団のシニア・フェローであるブレント・ハート氏は言う。

▶ 戦後もグリーンランド購入を試みる
 第二次世界大戦が終わると、米国の関心はソ連という新たな潜在的な脅威に向かう。そして、冷戦が激化する中、軍上層部は米国とソ連の中間点に位置するグリーンランドの重要性を理解した。
 米国メイン州選出の上院議員だったオーエン・ブルースターは、グリーランドの購入は「軍事上の必要事項」だと述べた。軍事目的以外にもグリーンランドは探検や研究の機会にあふれていた。(参考記事:「過去と未来を結ぶ、前人未踏のグリーンランドの洞窟へ」)
 1946年、国務省の官僚だったジョン・ヒッカーソンは、軍首脳部がグリーランドを「米国の安全保障上、必要不可欠であると見ている」と報告した。
 その年、米国は秘密裏にデンマークに対し、グリーンランドを1億ドル相当の金(きん)で購入することを提案したと、のちにAP通信が報道している。またアラスカ州のバロー岬の石油資源が豊富な土地と、グリーンランドの一部を交換することも提案している。
 「米国は西ヨーロッパ諸国に対し、自分たちが卓越した価値観を支え、独立と自治を重んじる建設的な民主主義国だというイメージを作り上げようともしていたのだと思います」と、米フロリダ州立大学の准教授で『Exploring Greenland: Cold War Science and Technology on Ice(グリーンランド探究:冷戦の科学と氷上の技術)』の編者の1人である歴史家のロナルド・ドエル氏は言う。
 しかし米国の提案にデンマーク政府は衝撃を受けたと、ハート氏は言う。「米国には大きな借りがあるが、グリーンランドを譲らなければならないほどだとは思わない」と、デンマークの時の外務大臣グスタフ・ラスムセンは言っている。

▶ 今も続くグリーンランドへの関心
 1951年、米国とデンマークが新たな合意を結んだことで、米国は1949年に設立された北大西洋条約機構(NATO)が適当と判断した基地を開設、運営し続けることが可能になった。この取り決めによって、冷戦下にはグリーンランドの大西洋防衛における戦略的な役割が強化された。
 米国が第二次世界大戦後にグリーランドの購入を試みていたことが記された公文書は、1970年代に機密が解除された。しかし1991年にデンマークの新聞社が報道するまで、グリーンランドの主権と米国の野望を巡る論争に再び火がつくことはなかった。
 今日、北極圏の温暖化が進むなか、新たな海上輸送ルートが浮上し、新たな資源開発が可能になったことで、グリーンランドの重要性はますます増している。しかし「グリーランドは売り物ではない」というデンマークとグリーンランドの意思は固い。(参考記事:「北極で繰り広げられる壮絶な軍事演習、新たな冷戦の舞台裏 写真16点」)
グリーンランドはグリーンランドの人々のものです」と、グリーンランドのムテ・エーエデ自治政府首相はSNSに投稿した。「グリーンランドの未来と独立は自分たちで守ります」

トランプ大統領が「大国の流儀」を振り回し始めました。
これはロシアのプーチンと同じ手法です。

ウクライナ侵攻をアメリカが認めると、
中国は台湾へ侵攻して制圧し、
アメリカはカナダを手に入れる未来が見え隠れしてきます。