DOLの話の前に、私の過去の栄光を聴いて下さい。
私は、金沢大学大学院修了後、当時の松下電器産業(現在のPANASONIC)に総合職(一応幹部候補)として、入社し約20年間、半導体の研究者、エンジニアとして科学の最先端の仕事をしていました、工場が中国に移転するのを機に、希望退職に応募して、次に従業員1000人強の国内2工場、海外1工場のゴム製造会社に勤務したのですが、いきなりNo.2に抜擢されたのは良かったけれども、国の基準では、従業員1000人以上は大企業に区分されるけれども、無名だし、実質ワンマンオーナーの非人道的な酷使を従業員は強いられていて、実体は中小企業並みでした、私は社長(オーナーの息子)に社員の待遇改善と健康被害の防止を訴えたのですが、聞きいれられず、ISOの書類は、嘘とでたらめばかりで、ぐちゃぐちゃだったのを、なんとか1人でほぼ全て書き直し、実際の生産もそれにあわせた品質管理に改変させ、事実上1人で(部下は居るものの、業務に関係無いノルマを抱えていて手伝ってもらえる状況ではありませんでした)ISOの更新審査を合格させて、まあ厚遇の恩返しはできたと思い辞表を提出したのでした。
次に行ったのは、東芝の系列会社で照明をメインに扱い、ルームランプでは、世界のトップシェアを誇る会社だったのですが、2年ほど勤務した時体を壊して退社して、投資で生計を立てるようになったのです。
実は、私の叔父はある小さな街の町長を勤めた後、私の居住県では伝説になっている、長期政権を維持した知事の在任中の長期間後援会長を務めた田舎の名士で、そのせいで私は何処へ行っても過大評価され、不可能な期待を抱かれました。
どいつもこいつも過大評価しやがって!と思う反面、期待を裏切って、相手を失望させるのが恐ろしくて、何かに追い立てたてられるように、血反吐を吐きながら、自分には分不相応なハードルを飛び越え続けたあげく、最後には体を壊して、身体障害者となり、投資で生計を立てるハメになったのです、もちろん蓄えはそれなりにあったし、投資には一定の才能があったようでお金に困るような事は無いのですが、振り返れば私の人生なんだったんだろう、エリートになんかなって良い事など何もなかったと思うのですw
何が言いたいかというと、確かに真剣にやらずに勤まる仕事など日本にはありませんが、ともかく体だけは労わって、皆さんは私の二の舞にならないように、無理に無理を重ねる事だけは避けて下さい。
体を壊しても誰も助けてくれませんし、苦しむのは自分なのですから。
さて、昔話はここまでにして、DOLの方ですが、イングランドさんがポルトガルの中で脅威と捉えているのは、たった3人しかいない攻撃型投資家ではないかと思うのです。
その他の投資家さんは少数のバランス型の投資家さんを除くと、ほとんどが防衛型の投資家さんで、統合後他国から奪った港は私が5港、大将が3港、それと大将と新人さんで奪取したのが1港、バランス型の方と新人さんで奪取した港が1港、其の他にポルトガルが奪った港はわずかに1港のみで、こいつら3人を潰せば少なくともポルトガルは脅威足り得ないだろうとイングランドさんは考えて、まず私を集中攻撃して資金を枯渇させて事実上潰したとみるや、今度はターゲットを大将に変えたのかも知れません。
現時点ではただの偶然かもしれないのですが、イングランドさんの投資行動に私がトゥンベス敗北宣言してから変更が加わったのは事実のようです。
なかなか敵ながら、見事にアキレス腱をピンポイントで狙う見事さに、脱帽ですw
とりあえず、防衛しながらなのでいつになるかちょっと見当が付かないのですが、資金余力の回復に努めること以外やることもありませんので、変化の無い交易と防衛の単調な日々が当分続きそうで、ブログのネタにも困りそうですw
ではでは
『貴方に取って明日が素晴らしいものでありますように~♪』
以下次号!
乞うご期待!
私は、金沢大学大学院修了後、当時の松下電器産業(現在のPANASONIC)に総合職(一応幹部候補)として、入社し約20年間、半導体の研究者、エンジニアとして科学の最先端の仕事をしていました、工場が中国に移転するのを機に、希望退職に応募して、次に従業員1000人強の国内2工場、海外1工場のゴム製造会社に勤務したのですが、いきなりNo.2に抜擢されたのは良かったけれども、国の基準では、従業員1000人以上は大企業に区分されるけれども、無名だし、実質ワンマンオーナーの非人道的な酷使を従業員は強いられていて、実体は中小企業並みでした、私は社長(オーナーの息子)に社員の待遇改善と健康被害の防止を訴えたのですが、聞きいれられず、ISOの書類は、嘘とでたらめばかりで、ぐちゃぐちゃだったのを、なんとか1人でほぼ全て書き直し、実際の生産もそれにあわせた品質管理に改変させ、事実上1人で(部下は居るものの、業務に関係無いノルマを抱えていて手伝ってもらえる状況ではありませんでした)ISOの更新審査を合格させて、まあ厚遇の恩返しはできたと思い辞表を提出したのでした。
次に行ったのは、東芝の系列会社で照明をメインに扱い、ルームランプでは、世界のトップシェアを誇る会社だったのですが、2年ほど勤務した時体を壊して退社して、投資で生計を立てるようになったのです。
実は、私の叔父はある小さな街の町長を勤めた後、私の居住県では伝説になっている、長期政権を維持した知事の在任中の長期間後援会長を務めた田舎の名士で、そのせいで私は何処へ行っても過大評価され、不可能な期待を抱かれました。
どいつもこいつも過大評価しやがって!と思う反面、期待を裏切って、相手を失望させるのが恐ろしくて、何かに追い立てたてられるように、血反吐を吐きながら、自分には分不相応なハードルを飛び越え続けたあげく、最後には体を壊して、身体障害者となり、投資で生計を立てるハメになったのです、もちろん蓄えはそれなりにあったし、投資には一定の才能があったようでお金に困るような事は無いのですが、振り返れば私の人生なんだったんだろう、エリートになんかなって良い事など何もなかったと思うのですw
何が言いたいかというと、確かに真剣にやらずに勤まる仕事など日本にはありませんが、ともかく体だけは労わって、皆さんは私の二の舞にならないように、無理に無理を重ねる事だけは避けて下さい。
体を壊しても誰も助けてくれませんし、苦しむのは自分なのですから。
さて、昔話はここまでにして、DOLの方ですが、イングランドさんがポルトガルの中で脅威と捉えているのは、たった3人しかいない攻撃型投資家ではないかと思うのです。
その他の投資家さんは少数のバランス型の投資家さんを除くと、ほとんどが防衛型の投資家さんで、統合後他国から奪った港は私が5港、大将が3港、それと大将と新人さんで奪取したのが1港、バランス型の方と新人さんで奪取した港が1港、其の他にポルトガルが奪った港はわずかに1港のみで、こいつら3人を潰せば少なくともポルトガルは脅威足り得ないだろうとイングランドさんは考えて、まず私を集中攻撃して資金を枯渇させて事実上潰したとみるや、今度はターゲットを大将に変えたのかも知れません。
現時点ではただの偶然かもしれないのですが、イングランドさんの投資行動に私がトゥンベス敗北宣言してから変更が加わったのは事実のようです。
なかなか敵ながら、見事にアキレス腱をピンポイントで狙う見事さに、脱帽ですw
とりあえず、防衛しながらなのでいつになるかちょっと見当が付かないのですが、資金余力の回復に努めること以外やることもありませんので、変化の無い交易と防衛の単調な日々が当分続きそうで、ブログのネタにも困りそうですw
ではでは
『貴方に取って明日が素晴らしいものでありますように~♪』
以下次号!
乞うご期待!