彼女の名は、Mと言った。
イニシャルではない。
皆、彼女の事をMと呼んでいた。
理由は、分からない。
彼女には
マッサージしか自分には出来ないという事がよく分かっていた。
それだって、何処かで習って来たという訳ではない。
幼い頃から両親も無く、祖母に育てられたから、頼りになるものも、お世話し甘やかしてくれる誰かも、お金も、何も無かった。
だから、公立高校を卒業したら、すぐに働いた。
何も出来ないので、肉体労働を考えたが、自分が人一倍体力のない、か弱い女の子である事がよく分かっていた。
学校の体育の成績は、いつも最低の1。
かけっこだって、一緒に走る誰かより前にいた試しがなかった。
そんなMさんが、曲がりなりにも今の仕事は10年以上続けている。
マッサージ師としての仕事以外に、何か他の事をやっていた経験は無い。
彼女には、これが自分が出来る最初で最後の仕事である事が分かっていた。
この仕事を10年続けても、相変わらずMさんは必要以上に華奢な容姿だった。
毎日の仕事で、筋力は付いているはずなのだが、不思議と10年前と体型も体重も全く変わらなかった。
眼は、ギョロッと大きい。
その眼は、どんな事があっても、決して笑う事はない。
口元だって、緩む事はまずまず無い。
お店への客にも、ましてや常連客にもニッコリ愛想を浮かべる事は全く無い。
警戒している訳では無さそうだが、そういう事は一切しない。
人見知りな訳でもない。
初めての客に対しても、Mさんは、恐れず躊躇せずがっしりとその四肢を掴む。
初めから。
少しずつ様子を見ながら力を込めていくのではない。
それは彼女のスタイルではない。
初めから、彼女には分かっているのだ。
一目見た時から、その人にはどの程度のコリがあり、どのような問題を抱え、ここにやって来たのか。
それは、理屈ではない。
その人の表情を見て、体つきを見て、歩き方を見れば大体分かる。
Mさんは、客の時間を無駄にしない事、それからその細い身体からは想像も出来ない力強さで身体中をほぐしてくれる事で、人気のマッサージ師だった。
その店ナンバーワンと言っても過言ではない。
彼女のマッサージを求めて来店する常連客が後を立たなかった。
それが、Mさんだった。
ー続くー