えびみそのタイ冒険

2020年末にタイに移住し、自分と向き合う毎日を送る45歳の青年"えびみそ"の物語。

#52 真心ストーリー③

2022-01-26 14:48:00 | 真心
※注:この話は、#33、#34の続きの話です。

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不思議なことが起こり始めたのは、彼が初めて島に足を踏み入れてから4年目のことだった。

彼は、島の生活に満足していた。
彼のような人間は、この島では初めてだった。
どこか遠くからやってきて、その島に住み着いた。
少年時代はそこで育ったのだが、彼の同級生たちは皆、仕事を求めて彼と同じように島を出尽くしてしまっていたので、彼を知る者はほとんどいなかった。
そういう意味で、彼は帰還者でありながら、異邦人だった。

何故か、漁師たちも彼の少年時代をほとんど覚えていなかった。
彼にとっても、見覚えのある老漁師や住人はいないように思えた。子供の頃だったから、自分自身がそれ程大人たちに興味を持っていなかったのかもしれない。
いずれにせよ、それはとても不思議なことだった。

彼は、日に日に愛着を持つこの島への自分の気持ちと同じテンポで、この島に馴染んでいった。
島のみんなは、彼を受け入れた。
始めのうちは、奇異の目で彼の行動を遠くから見ていたが、だんだんと彼のやる事を受け入れていった。
彼の衣料品の島への持ち込みと販売、そして家具を自作し、それを売る。配る。贈る。
彼のお店を訪ねるべく、違う島から、そして本土から客が来る。
これまでこの島に足を運ぶ意味など全くなかったような若者たちがやって来る。
観光に近い気持ちで来る者もいる。
この島には、観光資源と呼べるようなものは全くなかった。
あるのは、古びた漁港と、漁港に群がる少しばかりの商用施設、寂れた食堂、日用雑貨売り場。そして、少しの畑だけ。
島の人々は、新たにやってくる若者たちにも次第に慣れていった。

遠方から来る若者たちも、その島にだんだん慣れていった。
初めは、彼のTシャツ屋だけが目的だった。
しかし、何故か若者たちはその島を歩いていると、不思議な安心感に包まれた。
潮の香りが、何故か心地良かった。
彼のお店を覗き、他愛のないおしゃべりをし、漁港の食堂でたっぷり栄養のある日替わり定食を食べて、夕方の船で本土へ帰っていった。

彼の作った家具もよく売れた。
大きなものになると、さすがにそのまま持って帰ることは出来なかった。
彼はその日のうちに島の知人に頼んで、翌日の便で本土に渡ってもらい、そこから郵送してもらった。
後から写真付きでお礼の手紙が来ることもあった。
写真は、その家具を自室に配置した写真だった。

Tシャツ屋の店内に流れる音楽は、彼が毎回選曲した。
平日の暇な時に、自宅や店舗のコンピューターで彼の好きな曲をダウンロードし、店内で流す順番もよくよく考え抜かれていた。
そのレパートリーは幅広く、ジャズやボサノヴァ、レゲエやヒップホップ、スペインの古典民族音楽やビートルズが流れる事もあった。しかし、どの選曲も、その考え抜かれた順番からか、何故かそのTシャツ屋と彼自身の持つ雰囲気によく合っていた。

彼は、満足していた。
彼は自分の本来の生活スタイルを見つけたような気がした。
彼が求めていたのは、こういう人生だったのではないかと思った。

ほとんど何も考えず都会に出て、ただただ毎日の生活のために働いた。
うまくいった事もたくさんあった。
お店のスタッフたちのことを、家族のように親身な気持ちになって思いやったりもした。
しかし、このまま時間が矢のように過ぎ去り、刻々と年をとっていくことが本当に正しいことなのか分からなかった。
華やかな街が、虚飾に包まれているような気がした。

ある日、彼はいつもと同じように朝の浜辺を散歩し、自分のお店を開けた。
いつもと同じ時間。
いつもと同じ生活リズム。
両扉の店のドアを開けて、両壁の窓を開けて、店内に朝の光を導き入れた。
朝日は今日も優しかった。
全てがいつもの朝と全く同じだった。
ある一つのことを除いて。

店内には、小人がいた。
小人の名は、カピーといった。
もちろん彼は、小人というものを初めて見た。名前は後から聞いたのだ。
大きさは全部で頭まで50センチ程だろうか。
彼の膝小僧にも満たなかった。

小人は店内の一番奥、支払い用のレトロなレジが置いてある、彼自作のデスクの隣にポツリと立っていた。
彼の入ってくる正面入り口をまっすぐ見つめ、それはまるで彼が来るのをずっとそこで待っているかのような出立だった。

何故か、彼はそれ程驚かなかった。
実はここ最近、ふと誰かが彼を訪ねてくるような気がしていたからだ。
東京で共に働いた店舗の後輩スタッフが彼の噂を聞きつけてひょっこり尋ねてくるのか、それとも少年時代の島の同級生が実家に帰省の際に知らずにふとお店に立ち寄り、彼と久しぶりの懐かしい再会を果たすのか。
いずれにせよ、日常出会っている顔見知りの島の人や常連客ではなく、普段あまり見ないような珍しい出会いがあるような、なんとなくそのような予感がしていた。
しかし、それがまさか小人だとは、もちろん彼も予期していなかった。

彼は、いつものようにゆっくりと自分の店の中に入って行き、レジデスクから少し離れた、これまた自作の1人掛けソファ(木材で土台を削り出し、布袋に綿を敷き詰めて座り心地を良くした、彼のお気に入りの一つである)に腰を下ろし、自分が肩から下げていた中古の厚手布のポシェットを近くの棚に掛けた。

小人は、それをじっと見ていた。
彼がソファに腰掛け、小人の話を注意深く聴く準備が出来るのを待っているかのように。
それを確かめると、小人はレジデスクの上に目線を這わせた。彼は背がとても小さいので、デスクの上に何が置いてあるかは見えない。小人は背伸びをしてデスクの上を手で探り始めた。
何かを見つけたようだ。

それは、彼の眼鏡だった。
小人のではない。Tシャツ屋の彼の眼鏡である。
その眼鏡も、彼のお気に入りだった。
以前、本土に古着の買い付けに行った時、古道具屋で見つけて安く譲ってもらった、年代物の黒縁眼鏡だった。
譲ってもらった時には壊れていて、片側の耳掛けが外れかけていたが、店に戻ってから彼自身で修理した。レンズも取り替えた。メーカーにはちょうど良いサイズのレンズが無かったので、比較的合いそうなサイズのものを注文して取り寄せ、あとは彼自身が削って加工し、ちょうどフレームに収まるようにした。

その頃には、家具作りの経験が生きて、とても器用に色々なものが加工出来るようになっていた。メガネのような小さなものも、中古ポシェットの複雑な留め具も、そして店舗のトイレの金属製のノブも彼が金属を削り出し、レトロで昔風の味のある形にして取り付けた。

その作業の殆どが、店舗奥の小さな作業場で行われた。
一畳程度の小さな工場である。
その部屋は背の高い道具棚に囲まれ、作業中に立ち上がらずともほぼ全てのものが彼の手の届く範囲に配置されていた。
もちろん、大きな棚やテーブルといったものはその作業場で作る訳にはいかない。
彼は、別に漁師たちから借りた海辺の作業場を持っていた。
大きなものはそこで作るのだ。
と言っても、その大きな作業場も、自転車で10分とかからないところにある。

お気に入りの眼鏡は、店舗側の小さな作業場で修理した。
古道具屋で一目見た時からピンと来るものがあり、とても愛着を感じたが、修理してそれを自分の鼻と耳にかけると、それは驚くほど馴染んだ。

彼は、目が特に悪い訳ではない。
読み書きに眼鏡を必要としない。
彼はその眼鏡を見つけて、生まれて初めて眼鏡をかけるようになったのだ。
なので、レンズに度は入っていない。
彼の気分を作るための、それはファッションメガネなのだ。

その眼鏡を、昨日は店に置いて帰っていた。
いつもの習慣だった。
店舗にいる時は、その眼鏡をかけるのが彼のお気に入りだった。
その眼鏡をかけると、世界が違った形で見えるような気がした。
もちろん、眼鏡をかけていようとかけていまいと、彼が今見るものはこの小さな島の中のものがほとんどだった。
しかし、何故かこの島はこの島だけでしかないのと同時に、世界中に繋がっているような不思議な感覚を覚えた。
これも眼鏡をかけた時の不思議な気分の変化だった。
彼にとって、それは特別な眼鏡だった。

その眼鏡を、小人が今、手に取っている。
まるでそこにあったことが既に分かってでもいたかのように。
彼の低い位置からは、デスクの上は見えないのだ。
彼はその耳掛け部分を手に取り、十分に細部を確認した後に、それを頭にかけた。
サングラスなどが不要な時に、よく額のもっと上の方で止めておく、ごくごく一般的になされているやり方である。
彼はその眼鏡を自分の目にはかけなかった。
小人はとても小さいので、人間の標準サイズであるこの黒縁眼鏡は大き過ぎてずり落ちてきそうなものだが、実際には彼の頭でしっかりと溜まっていた。
小人の頭は、体全体に比べて非常に大きいのだ。

それからため息をついて、徐ろに話し始めた。
彼が今日ここにやって来た目的を。
Tシャツ屋の彼が何をしなければならないのかを。

ー続くー



#34 続・真心ストーリー(前回の続き)

2021-12-05 09:34:00 | 真心
ー続きー

3人の中学生の男の子達は、言った。

お店がオープンする前から、そしてオープン後も、この店舗のことは、学校ではちょっとした話題だったらしい。

変な大人が1人、島にやって来て、何かを始めている、と。

彼は苦笑した。
島は一つの小さな村社会なのだ。
何でもお見通しだ。

彼らは、意を決して、
今日の部活の後に見に行こうということになった。
明日学校でみんなに報告しなければならないらしい。

しかし、店は閉まっていて、まだ中に人がいるかどうかさえ、分からなかった。
3人はじっと様子を伺っていた。
そこに彼が奇跡的にやって来たのだ。

彼は、
「せっかくだから、Tシャツ見ていく?」
と、聞いた。

見たいと言ったので、心ゆくまで時間をあげた。
そんな大きな店舗ではない。
すぐ終わるだろうと思ったら、案外時間がかかった。
なかなか戻って来ない。

3人とも、
こんなの見たこともない、と言った。
映画やドラマの中の有名人みたいだ、と言った。

こうやって、最初の訪問客があった。

土曜日も、
日曜日も開けていたというのに、
彼らは平日の、しかも暗くなって店が閉まった後にやって来た。

彼らの帰り際、
また、他のクラスメイトも連れて来て良いかと聞くので、
「もちろん」
と、いつものあの穏やかな笑顔で答えた。

それから3年、
まだその店舗は続いている。
その島で。

時々、東京から新たな商品が届く。

最初に作った棚と机に納得が行かなかったので、その後も何度か作り直し、日曜大工が趣味になってしまった。
2〜3ヶ月に一度のペースで作り続け、店内の家具は時々変わった。
今では自前でソファも作り、壁越しのその一角を結構気に入っている。

新しく家具を入れ替えるたびに、不要になった棚や机を自宅の自室に置いて使っていたが、次々に増えるので、両親や親戚に配り、知人にプレゼントし、それでも余るようになったので、手頃な価格で販売するようになった。
そういった家具の置き場もまた、知人の漁師が自分の倉庫を提供してくれた。

でも、やはり一番大切な場所は、あのTシャツ屋だ。

その後も、初めてのお客様である、あの中学生達がクラスメイトを連れてやってきて、可愛らしい彼女さんを連れてきて、先輩の若者漁師を連れてきて、島の外からも若者が来るようになった。

彼にしたら、
ちょっとしたことだった。

今では、島を歩いていると、自分が売ったTシャツを着て歩く若者を見かけることがある。
夕方に、若者漁師達と一杯やるようなことがあると、うちで買ったTシャツを来て、嬉しそうに、そしてちょっと恥ずかしそうにやって来る。

ちょっとしたことなのだ。

東京の店舗で働くスタッフ達を思った。

どうしてるかな。

大都会の中の、忙しい最中でも、
ちょっとした嬉しさや喜びを感じてやっていっているだろうか。

今では、彼のTシャツ選びの目も変わってきている。
最新の、都会の雑踏やモダンな高層ビルに映えるファッションである必要はない。
この島の若者達が喜んでくれるような商品を選ぶ事にしている。
Tシャツ以外にも、ちょっとみんなが喜びそうな雑貨や置物などのアイテムがあれば、取り寄せてみる事にしている。

今では、このTシャツ屋が、若者達の寄り合い所になっている。

若者達が仕事を終え、
部活を終え、
勉強を終え、
ここに集まって来る。

彼らが笑顔で話す。
笑っている。
少し誇らしげに。

そんな笑顔を、
横でそっと、
あのいつもの静かな微笑みで見守っている。

それが、彼の、
ほんの真心なのである。

#33 真心ストーリー

2021-12-05 09:32:00 | 真心
ある知人の話。

彼は、若い時にしばらく都会で働き、少し歳を取ってから地元の田舎に帰ってきた。

彼の都会での仕事は、とある若者向けショッピングモール内にあるファッション衣料品店のマネージャー。
ある有名なブランドショップの販売員である。

この業界は厳しい。

競争も激しいが、彼はマネージャーというポジションで、毎月の販売実績を厳しく銀座の本店から管理されていた。

競争は、もちろん同じようなショップの並ぶショッピングモール内、そして表通りの衣料雑貨店。それどころか、その地域一帯に及ぶ。

若い店員達は、始めのうちはオシャレな衣服やアイテムに囲まれ、駅前一等地にあるそのショッピングモールの華やかな雰囲気に目を輝かせて毎日やってくる。
しかし、そんな楽な仕事ではない。
給料は安く、ノルマも課せられる。
仕事の後は、遅くまで業績の確認や、店内の商品配置換え、反省会がある時もある。
このご時世、思ったように売れない背景もあり、給料も上がらない。
結局、夢のない仕事なのだ。
見かけだけ。

しかし、彼はなかなか才能があった。
始めのうちから何となく店に馴染み、お客と仲良くなり、何となく売れる。
彼の見た目も悪くなかった。
背も高く、穏やかで、いつも言葉少なに優しく微笑んでいるような印象だった。
あれよあれよと、マネージャーになって、お店を任されるようになった。

そして何年も過ぎた。

入ってきては、死んだ目をして辞めていく何百という若者たち。
ショップに見に来ようともしない、現実を知らない本店の営業マン達。

彼は小さくない業績を残し、そのショップを去った。

彼を慕う若い店員達は、彼のことを惜しみ、心から残念がっていた。
近所の居酒屋チェーン店で、ささやかな送別会を開いてくれ、みんなの顔を見ながらなんとなく、「田舎に帰ろう」と思った。

そして、
本当に久しぶりに地元の土を踏んだ。
お店では殆ど休みがなく、たまの休みは家事や雑事。
本当に帰る時間がなかったのだ。

彼の地元は、とある瀬戸内海の小さな島。

漁港と海の匂い、
野良猫、
そしてお年寄り達。

懐かしかった。
でも、そこには何もなかった。

島を歩いた。

平日、
田舎道は車が通ることもまばら。
隅々まで歩いて、
学校を見かけた。

学校があるのだ。

中学校だろうか、
高校だろうか。

若者がいるのだ。

当然のことかもしれないが、なぜか勝手に若者はみんな出ていってしまっていると思い込んでいた。

校庭には生徒の影は見えないが、学校はやっているように見える。

彼は、自宅に戻り、あることを始めた。

何か?

お店を開いた。

小さなTシャツ屋。

東京に長年のツテがあったので、商品を揃えることにはさほど苦労はない。

店舗は、父の知り合いの地元の漁師が昔使っていたボロボロの倉庫をただ同然で使わせてもらえることになった。
中を綺麗にして、壁紙を貼り、木材をどこからか大量にもらってきて、商品を並べる棚や、支払いカウンターの机を作った。
慣れない日曜大工では、塗料を買ってきて、それらに色も塗った。
あまり上手く行ったようには見えなかったが、なんとなく味があるようにも見えた。

場所ができると、商品が届き、それを並べると、なんとなくそれっぽくなった。
Tシャツも、東京から仕入れた、彼が厳選したアイテムばかりだった。
この島の収入でもお小遣いで若者達が買えるように、価格にも気を使った。

場所はあまり良い立地ではなかった。
最初のうちはお客も来なかった。

あの日学校を見かけてから、道端で時々制服を着た生徒たちを見かけることはあったが、彼らがどれくらいいるのか、そんなものに興味があるのかどうか、全く分からなかった。

ただ、のんびり待った。

彼には急ぐ必要はない。
東京では、殆どお金を使う時間がなかったので、貯蓄ならたくさんある。
久しぶりの実家暮らしで、東京にいた時のようなべらぼうな家賃を毎月支払う必要もない。
3度の食事も、母親がいつも父親に作っているものをもう一人前多く作るだけで、大した労力ではない。
彼は背は高かったが、とても痩せていて、もともとそんなに多く食べるほうではなかった。
ここには魚や山菜が山ほどある。

彼は毎日お店に通った。
10時にお店を開き、17時に閉めた。
毎日全く同じ時間にそのお店に座っていた。

店内の埃を払い、
Tシャツをたたみ直し、
誰も来なくても時々商品の配置換えをし、
店先を掃除した。
ついでに店の外の辺り一帯を掃いた。

誰も来なかったが、
そうしていると何だかとても落ち着いた。

Tシャツを眺め、
東京のお店の若い店員達を思い出し、
まだ見ぬ島の若者達を想像した。

時々、
店を閉めた後に、島の反対側の砂浜に出かけ、
しまなみに沈む夕陽を座って眺めた。

こんなにのんびりしたことはこれまで殆どなかった。
東京で働いていた時、
毎日、毎週、毎月、とても忙しくて、
のんびりするなんて考えたこともなかった。

ある時同じように夕陽を見て、
いつも使っている錆びた自転車でなんとなく店舗に戻ってみた。
いつもはそのまま家に帰るのだが、その日はただなんとなくお店に戻ったのだ。
たまにはそんな時もある。

すると、不思議なことがあった。

薄暗くなった店舗の前に、若者が3人、遠くから店を眺めていたのだ。

制服を着たままだった。
あの学校の生徒だろう。

こっちが先に気がついた。
お店に近づくと、向こうもこちらに気がついた。
彼は、東京の店舗で働いていたあの時と全く同じように、笑顔で若者達に声をかけた。

「見ていく?」

3人は、みんな男の子。
やはり中学生だった。

ー続くー