「達也、痩せてたね…人に囲まれてて、ザ・芸能人みたいだった」
深山くんがポツリと呟く。
「そうだな…でも疲れてたみたいだったな」
めずらしく原さんまで…
音楽活動の他に、俳優業にも本腰を入れ始めたらしいから、スケジュールも大変なんだろうな…
深山くんじゃないけれど、人に囲まれた達也を見たら、あれは達也と言う名のプロジェクトなんだと思った。
たくさんの人が関わる、ビッグプロジェクト。
大きな船に乗ったらもう、降りることは出来ない…
達也はその船に乗っちゃったんだ。
私が一緒にいられる世界じゃない。
こうなったら、達也は達也の、私は私の道を行くしかないんだ。
「深山くん、達也は私たちをバンドに引っ張ってくれたんじゃない。達也の幸せを、成功を祈ろうよ」
高校の時のバンド仲間から始まったウイングス。
その頃からのメンバーの深山くんは、そう言うと少し遠い目をした。
「そうだね、なんか…ずいぶん前のことのような気がするけど…」
高校の頃だから、6年。
もうなのか、まだなのか…
「あ、そう言えば。さっき、高梨さんどうしたの?戻って達也に声描けてたじゃない」
「…ああ、知り合いのミュージシャンの近況を教えたんだ」
知り合いのミュージシャン?
ちょっとした違和感は、また緊張して来たって言う深山くんと、口数の少ないはずの原さんの会話で消されてしまった…
ウイングスのベース、高梨修一は皆が話し込んでいるうちに、そっと楽屋を出た。
さっき、達也に『話がある』と伝えたからだ。
控え室のドアを開けると、もう達也が座っていた。
「達也、来てくれてありがとう。出番は先なのに、悪いな」
「…いや、それよりわざわざ高梨さんから話なんて、珍しいね。どうしたの?」
穏やかな笑顔を浮かべた達也は、修一を手招きした。
達也と並んで座ると、修一は低い声で訊ねた。
「単刀直入に言うけど…達也、洋子ちゃんをボーカルにする為にウイングスを抜けたのか?」
「…どうして今さらそんなことを?あのドラマを見たから?」
「それもある。でも、あのドラマのラストを見て、あり得るって思ったんだ、達也なら」
達也は、少し俯いて考え込んでいるように見えた。
でもすぐに顔を上げて、修一をまっすぐ見た。
「ちょっと、話を聞いてくれる?手短にするから」
「ああ」
高校1年の時、隣のクラスの子を好きになったんだ。
入り浸ってた軽音部の部室の隣が音楽室でね、たまにそこでピアノを弾いてた。
黒目がちのくりっとした瞳が可愛くて、俺を覚えて欲しくて…
ちょくちょく声を掛けてたら、彼女も俺を好きになってくれた。
…それが、洋子だよ。
ピアノ弾けるならと、バンド組む時に引き入れた。
その時、びっくりしたんだ。
だって何か弾いてみてって言ったら、ジャズピアノを弾いたんだよ。
それで、コーラスやってみたら低い声でゴスペルとか歌えちゃって…
曲を作るようになったら、ソウルの影響を受けてて。
洋子に聞いたら、ご両親が音楽好きで洋子に教えたらしい。
それでも、ウイングスのボーカルは俺だから、俺が歌いやすい曲を作ってくれた。
コーラスは、ボーカルがより引き立つように、高い声を出して。
アマチュアの頃は、それで良かったんだ。
でも…
インディーズからCDを出した頃から、これでいいのかって思い出した。
洋子を、『ウイングスのキーボード』に押し込めてていいのかって。
でも…洋子にさりげなくメインボーカルを振ってみても、私はキーボードとコーラスでいいって言う。
…洋子は、恋人でメインボーカルの俺を、立てようとしてくれるんだ。
そう感じた時からもやもやしだしたんだ。
そのもやもやをずっと抱えて、しばらくたって…そう、高梨さんたちが加入した頃。
俺は初めて自分の気持ちに気づいたんだ。
洋子に嫉妬してるってことを。
「嫉妬…?」
「そうだよ、俺には無い才能を持ってるのに、それをしまいこんで俺を持ち上げようとするんだから…なんでだよって思った」
「でも、達也だって…」
「俺?俺だって自分の声に多少は自信はあるけど…ありふれた声だよ。俺が注目されるのは、いつも見た目だけ」
「そんなことは無いだろう。楽器もほとんど弾けるし編曲のセンスもあるし」
「高梨さんだって、洋子とやってきて分かったよね?洋子の作曲のセンスが、俺には羨ましくてたまらなかったんだ」
…だから、ソロのオファーがあった時、バンドを離れようと思った。
ウイングスは、洋子が歌った方がいい。
バンドも洋子も好きだったけど、離れた方がきっと楽になれるって思った。
「だから抜けたのか。洋子ちゃんにメインボーカルをやらせるために?」
「…まあ、俺だってそれなりに自信はあったから、ソロでやりたい気持ちはあったよ。でも…とにかく楽になりたかったんだ」
「でも、いいのか。結局洋子ちゃんを手放すことになったのに」
「…いいんだ。今でも洋子のことは好きな気持ちはあるけど…ずっと一緒にいると、きっともっと苦しくなる。好きな子に嫉妬するなんてみっともないよね…みっともない自分でいたくないんだ。洋子には好きなように歌って欲しい。それを、見守れる人が側にいてくれたら…。洋子に必要なのは、俺みたいに何もかも抱えて教えるんじゃなくて、のびのびと自由にやらせて、大変な時に背中を押してくれる人なんだ…俺にはそれは出来ないから」
控え室の外がガヤガヤしだした。
「達也…話してくれてありがとう。でも、なんでそこまで俺に話してくれたんだ?」
「…なんでだろう?誰かに聞いて欲しかったのかも…高梨さんなら分かってくれるって思えたし。それに、高梨さんだったら、、」
そこまで言ったら、ドアが開いた。
…みんな、俺が先にいたので驚いてる。
達也が耳元で、誰にも言わないでねと、言って来た。
頷くとにっこりして、洋子ちゃんに声をかけた達也。
あんな言い方をしてたけど、1番本当の所はやっぱり洋子ちゃんを生かしたかったんだろう。
俺だってずっと音楽をやってるんだ、嫉妬する気持ちは分かるが…
たぶんもう、こういう共演の機会はなかなか無いだろう。
達也の笑顔は、少し寂しそうに見えた。
それは洋子ちゃんも感じたのか、泣きそうな目をしてる。
出番が来て呼ばれたら、振り切るように前を向いていた。
俺はそんな洋子ちゃんを引っ張るみたいに、声を掛けた。
生放送が始まり、番組タイトルコールとともに、私たちもステージに立ち、ラインナップに加わる。
1番最後に出て来て、大歓声に迎えられたのは達也。
余裕の表情で客席に手を振ってる。
確かにザ・芸能人だなあと思うけれど…
さっき見た疲れて目が赤い達也が、頭から離れなかった。
オープニングから一旦引っ込み、少し後の出番に備える。
ウイングスは5組出るうちの3組目。
ステージ裏の控え室に行くと、もう高梨さんが座ってる。
隣には、なぜか最後のはずの達也が…
どうして、もういるの?
もしかして、高梨さんと何か話をしたのかな…
そう思ったら、この間のドラマのラストを思い出した。
達也がウイングスを抜けた理由…
ソロになりたがってた達也が、オファーを受けたから?
…私にウイングスのボーカルをやらせるため?
達也がゆっくりと私に穏やかな笑顔を向けた。
達也の笑顔はウイングスにいた頃と何も変わらない。
…もう、考えるのは止そう。
ソロとして達也は評価されて、演技の世界に入って行った。
私はウイングスのボーカルとして、ここまでやってこられた。
どちらにしても、達也の希望を叶えられたんだ。
本当は、ずっと一緒にいたかった。
だって、大好きな、大事な人だったんだもの。
でも、一緒にいたらきっと私はボーカルをやろうなんて思わなかった。
だからきっと…
今となってはもう、歩く道が違ってしまった。
ここにいるみんなが、ウイングスだったと思うと、胸の奥がきゅっとする。
皆でバンドをしてた頃が懐かしくてしかたない。
たった、数年前のことなのに。
でも、もう戻れないんだ…
目尻が潤んできた私に向かって、達也が大きな声で言った。
「これからのウイングス、楽しみにしてるからね!」
頷いた拍子に、一筋だけ滴が零れて落ちた。
「ウイングスさん、お願いします!」
スタッフから声が掛かる。
「洋子ちゃん、いくよ!」
高梨さんに促されて、後ろを向かずに控え室を出た。
ステージに出ると、すでにバンドセットが組んである。
「お待たせしました、ウイングス、あなたのいた場所で!」
ドラムに、ギターに、そしてベースに支えられて、私の声が音に乗って飛び上がる。
あなたのいた場所にいま私は立ってる。
あなたの背中はもう遥か遠く、見えなくなってしまった…
あなたといられて幸せでした。
どうか、どうか…あなたの幸せを祈ってる。
私はこの場所で生きて行く。
大切な皆と一緒に。
プロローグ
5年後。
29歳になった私は、お正月早々空港にいた。
行く先はL.A。
レコーディングの為だ。
あれからウイングスは、ライブをメインにしながらも連ドラだけでなく、映画の主題歌も手掛けていた。
そして、私は今年からソロ活動を始める。
レコーディングはその第一歩。
航空会社のラウンジに座っていると、奥の方から大きな声が上がった。
女性客何人かが固まって、大型テレビを見てる。
画面に映ってるのは、達也…。
『結婚』の二文字が、テロップで流れてる。
そちらに背を向け、入り口に目を向けると待っていた人が入って来た。
目の前まで来ると、目を細めて私を見る。
「ごめん、ちょっと出掛けに手間取って。待った?」
「ううん、私が早く着き過ぎただけ。でも、そろそろ行こう」
立ち上り、振り返ってテレビを見る。
マイクを向けられて、笑顔で答えている達也がいた。
じっと見ていると、それを見てた人たちが、私を見て何か言い合ってる…
くるっと向きを変えて、歩きだした人の後を追った。
「修ちゃん、まって」
空いてる左手に手を通したら、ぎゅっと握り返した彼と目があった。
「L.Aは晴天だって」
「そっか、良かったな」
ずっと背中を押して支えてくれた人は、いつも通り優しい目を向けてくれた。
深山くんがポツリと呟く。
「そうだな…でも疲れてたみたいだったな」
めずらしく原さんまで…
音楽活動の他に、俳優業にも本腰を入れ始めたらしいから、スケジュールも大変なんだろうな…
深山くんじゃないけれど、人に囲まれた達也を見たら、あれは達也と言う名のプロジェクトなんだと思った。
たくさんの人が関わる、ビッグプロジェクト。
大きな船に乗ったらもう、降りることは出来ない…
達也はその船に乗っちゃったんだ。
私が一緒にいられる世界じゃない。
こうなったら、達也は達也の、私は私の道を行くしかないんだ。
「深山くん、達也は私たちをバンドに引っ張ってくれたんじゃない。達也の幸せを、成功を祈ろうよ」
高校の時のバンド仲間から始まったウイングス。
その頃からのメンバーの深山くんは、そう言うと少し遠い目をした。
「そうだね、なんか…ずいぶん前のことのような気がするけど…」
高校の頃だから、6年。
もうなのか、まだなのか…
「あ、そう言えば。さっき、高梨さんどうしたの?戻って達也に声描けてたじゃない」
「…ああ、知り合いのミュージシャンの近況を教えたんだ」
知り合いのミュージシャン?
ちょっとした違和感は、また緊張して来たって言う深山くんと、口数の少ないはずの原さんの会話で消されてしまった…
ウイングスのベース、高梨修一は皆が話し込んでいるうちに、そっと楽屋を出た。
さっき、達也に『話がある』と伝えたからだ。
控え室のドアを開けると、もう達也が座っていた。
「達也、来てくれてありがとう。出番は先なのに、悪いな」
「…いや、それよりわざわざ高梨さんから話なんて、珍しいね。どうしたの?」
穏やかな笑顔を浮かべた達也は、修一を手招きした。
達也と並んで座ると、修一は低い声で訊ねた。
「単刀直入に言うけど…達也、洋子ちゃんをボーカルにする為にウイングスを抜けたのか?」
「…どうして今さらそんなことを?あのドラマを見たから?」
「それもある。でも、あのドラマのラストを見て、あり得るって思ったんだ、達也なら」
達也は、少し俯いて考え込んでいるように見えた。
でもすぐに顔を上げて、修一をまっすぐ見た。
「ちょっと、話を聞いてくれる?手短にするから」
「ああ」
高校1年の時、隣のクラスの子を好きになったんだ。
入り浸ってた軽音部の部室の隣が音楽室でね、たまにそこでピアノを弾いてた。
黒目がちのくりっとした瞳が可愛くて、俺を覚えて欲しくて…
ちょくちょく声を掛けてたら、彼女も俺を好きになってくれた。
…それが、洋子だよ。
ピアノ弾けるならと、バンド組む時に引き入れた。
その時、びっくりしたんだ。
だって何か弾いてみてって言ったら、ジャズピアノを弾いたんだよ。
それで、コーラスやってみたら低い声でゴスペルとか歌えちゃって…
曲を作るようになったら、ソウルの影響を受けてて。
洋子に聞いたら、ご両親が音楽好きで洋子に教えたらしい。
それでも、ウイングスのボーカルは俺だから、俺が歌いやすい曲を作ってくれた。
コーラスは、ボーカルがより引き立つように、高い声を出して。
アマチュアの頃は、それで良かったんだ。
でも…
インディーズからCDを出した頃から、これでいいのかって思い出した。
洋子を、『ウイングスのキーボード』に押し込めてていいのかって。
でも…洋子にさりげなくメインボーカルを振ってみても、私はキーボードとコーラスでいいって言う。
…洋子は、恋人でメインボーカルの俺を、立てようとしてくれるんだ。
そう感じた時からもやもやしだしたんだ。
そのもやもやをずっと抱えて、しばらくたって…そう、高梨さんたちが加入した頃。
俺は初めて自分の気持ちに気づいたんだ。
洋子に嫉妬してるってことを。
「嫉妬…?」
「そうだよ、俺には無い才能を持ってるのに、それをしまいこんで俺を持ち上げようとするんだから…なんでだよって思った」
「でも、達也だって…」
「俺?俺だって自分の声に多少は自信はあるけど…ありふれた声だよ。俺が注目されるのは、いつも見た目だけ」
「そんなことは無いだろう。楽器もほとんど弾けるし編曲のセンスもあるし」
「高梨さんだって、洋子とやってきて分かったよね?洋子の作曲のセンスが、俺には羨ましくてたまらなかったんだ」
…だから、ソロのオファーがあった時、バンドを離れようと思った。
ウイングスは、洋子が歌った方がいい。
バンドも洋子も好きだったけど、離れた方がきっと楽になれるって思った。
「だから抜けたのか。洋子ちゃんにメインボーカルをやらせるために?」
「…まあ、俺だってそれなりに自信はあったから、ソロでやりたい気持ちはあったよ。でも…とにかく楽になりたかったんだ」
「でも、いいのか。結局洋子ちゃんを手放すことになったのに」
「…いいんだ。今でも洋子のことは好きな気持ちはあるけど…ずっと一緒にいると、きっともっと苦しくなる。好きな子に嫉妬するなんてみっともないよね…みっともない自分でいたくないんだ。洋子には好きなように歌って欲しい。それを、見守れる人が側にいてくれたら…。洋子に必要なのは、俺みたいに何もかも抱えて教えるんじゃなくて、のびのびと自由にやらせて、大変な時に背中を押してくれる人なんだ…俺にはそれは出来ないから」
控え室の外がガヤガヤしだした。
「達也…話してくれてありがとう。でも、なんでそこまで俺に話してくれたんだ?」
「…なんでだろう?誰かに聞いて欲しかったのかも…高梨さんなら分かってくれるって思えたし。それに、高梨さんだったら、、」
そこまで言ったら、ドアが開いた。
…みんな、俺が先にいたので驚いてる。
達也が耳元で、誰にも言わないでねと、言って来た。
頷くとにっこりして、洋子ちゃんに声をかけた達也。
あんな言い方をしてたけど、1番本当の所はやっぱり洋子ちゃんを生かしたかったんだろう。
俺だってずっと音楽をやってるんだ、嫉妬する気持ちは分かるが…
たぶんもう、こういう共演の機会はなかなか無いだろう。
達也の笑顔は、少し寂しそうに見えた。
それは洋子ちゃんも感じたのか、泣きそうな目をしてる。
出番が来て呼ばれたら、振り切るように前を向いていた。
俺はそんな洋子ちゃんを引っ張るみたいに、声を掛けた。
生放送が始まり、番組タイトルコールとともに、私たちもステージに立ち、ラインナップに加わる。
1番最後に出て来て、大歓声に迎えられたのは達也。
余裕の表情で客席に手を振ってる。
確かにザ・芸能人だなあと思うけれど…
さっき見た疲れて目が赤い達也が、頭から離れなかった。
オープニングから一旦引っ込み、少し後の出番に備える。
ウイングスは5組出るうちの3組目。
ステージ裏の控え室に行くと、もう高梨さんが座ってる。
隣には、なぜか最後のはずの達也が…
どうして、もういるの?
もしかして、高梨さんと何か話をしたのかな…
そう思ったら、この間のドラマのラストを思い出した。
達也がウイングスを抜けた理由…
ソロになりたがってた達也が、オファーを受けたから?
…私にウイングスのボーカルをやらせるため?
達也がゆっくりと私に穏やかな笑顔を向けた。
達也の笑顔はウイングスにいた頃と何も変わらない。
…もう、考えるのは止そう。
ソロとして達也は評価されて、演技の世界に入って行った。
私はウイングスのボーカルとして、ここまでやってこられた。
どちらにしても、達也の希望を叶えられたんだ。
本当は、ずっと一緒にいたかった。
だって、大好きな、大事な人だったんだもの。
でも、一緒にいたらきっと私はボーカルをやろうなんて思わなかった。
だからきっと…
今となってはもう、歩く道が違ってしまった。
ここにいるみんなが、ウイングスだったと思うと、胸の奥がきゅっとする。
皆でバンドをしてた頃が懐かしくてしかたない。
たった、数年前のことなのに。
でも、もう戻れないんだ…
目尻が潤んできた私に向かって、達也が大きな声で言った。
「これからのウイングス、楽しみにしてるからね!」
頷いた拍子に、一筋だけ滴が零れて落ちた。
「ウイングスさん、お願いします!」
スタッフから声が掛かる。
「洋子ちゃん、いくよ!」
高梨さんに促されて、後ろを向かずに控え室を出た。
ステージに出ると、すでにバンドセットが組んである。
「お待たせしました、ウイングス、あなたのいた場所で!」
ドラムに、ギターに、そしてベースに支えられて、私の声が音に乗って飛び上がる。
あなたのいた場所にいま私は立ってる。
あなたの背中はもう遥か遠く、見えなくなってしまった…
あなたといられて幸せでした。
どうか、どうか…あなたの幸せを祈ってる。
私はこの場所で生きて行く。
大切な皆と一緒に。
プロローグ
5年後。
29歳になった私は、お正月早々空港にいた。
行く先はL.A。
レコーディングの為だ。
あれからウイングスは、ライブをメインにしながらも連ドラだけでなく、映画の主題歌も手掛けていた。
そして、私は今年からソロ活動を始める。
レコーディングはその第一歩。
航空会社のラウンジに座っていると、奥の方から大きな声が上がった。
女性客何人かが固まって、大型テレビを見てる。
画面に映ってるのは、達也…。
『結婚』の二文字が、テロップで流れてる。
そちらに背を向け、入り口に目を向けると待っていた人が入って来た。
目の前まで来ると、目を細めて私を見る。
「ごめん、ちょっと出掛けに手間取って。待った?」
「ううん、私が早く着き過ぎただけ。でも、そろそろ行こう」
立ち上り、振り返ってテレビを見る。
マイクを向けられて、笑顔で答えている達也がいた。
じっと見ていると、それを見てた人たちが、私を見て何か言い合ってる…
くるっと向きを変えて、歩きだした人の後を追った。
「修ちゃん、まって」
空いてる左手に手を通したら、ぎゅっと握り返した彼と目があった。
「L.Aは晴天だって」
「そっか、良かったな」
ずっと背中を押して支えてくれた人は、いつも通り優しい目を向けてくれた。