抗わない!って決意を固めたけれど。
俺、1回彼女を振ってるんだよな。
今さらどの面下げて、『実は好きです』なんて言えるんだ?
歓迎会の二次会。
ただ1人残った同期・沼田に向かってボヤいていた。
「そんなこと言ってると、誰か別のヤツにかっさらわれるぞ」
同期だけに、耳が痛いことを言う。
「そもそも、あれから3年たってるしなあ…」
「何弱気になってるんだよ。自分に正直に生きるんだろ…それにさ、」
「え?それに?」
「なんとなくだけど、お前が戻って来てからの彼女見てると、まだ気持ちがありそうに見えるんだけどなあ」
「それを信じていいのか、自分じゃ分からないよ…」
薄まってしまったチューハイを飲み、呟いた。
「この3年の間に、付き合ってるヤツはいなかったのかな…」
「さあ…1年くらい前に、そんな噂話聞いたけど、どうなんだろうな」
「そうか」
自分は臆病で用心深いんだろう。
自分の心のまま、彼女の気持ちも考えずに突っ走ることは、出来ない。
ただ、時には突っ走った方がいいってことは、鈍い俺にだって分かってる。
「こういうのはどうだ」
黙ったままの俺に沼田が言い出した。
「とにかく、彼女と目が合うようにする。で、目が合ったらニコッと笑ってみせる」
「…なんだ、それ」
「アピールだよ、アピール」
「俺たち、いつから中学生になったんだよ。もう、30も超えたのに」
「贅沢言うな。どうしようって言うから、とりあえず出来ることを言ったまでだよ」
「ああ…確かに、とりあえず出来ることはそれくらいだな」
中学生って沼田には言ってしまったけれど、目が合ってにっこり笑うってなかなかむずかしい。
ても、何もしないよりいいかな…
それから、時間がふと空いた時にフロアを見渡すようにした。
彼女を見つけたら、顔を上げるまで待つ。
運良くこっちに顔が向いたら、笑顔を向ける。
…まあ、いい大人が何やってんだ、とすぐに気づいた。
でも、いい案を思い付くまでは、彼女に俺の目が向いてるって知らせるのも、悪くはないかもしれない。
彼女の反応は…にっこり笑い返してはくれず、どちらかと言うと、びっくりしていた。
どうしたらいいか、考えてしまっているような。
笑ってくれるようになったら、いいんだけどなあ。
数日後。
仕事終わりに、職場のビルの1階ロビーで呼び止められた。
聞き覚えのある声。
振り返ると、3年前彼女だった同期の美香だった。
「大沢くん、久しぶり」
ケロッとした顔で笑ってる。
こっちは微妙にモヤモヤしてるっていうのに。
「実は報告があるの」
「報告…?改まってなにを?」
美香は、下ろしていた左手を上げて見せて来た。
薬指に、きらっと石のついた指輪。
「来月、結婚しまーす」
「へえ~いつの間に…おめでとう」
「ありがとう。いつの間にって、よく考えてよ。大沢くん、3年いなかったんだよ」
「ああ、そうか。そりゃ、そうだよな。とにかくおめでとう、ほんとに。」
美香がニヤニヤしながらこっちを見る。
「大沢くんの方はどうなの。向こうで彼女出来た?」
「彼女?…残念ながら無理だった。仕事に追われていたら3年過ぎてたよ」
「なーんだ。じゃあ、せっかく戻って来たんだし、あの彼女と付き合えばいいんじゃない。ほら、彼女がメールまでくれたのに、振っちゃったって、沼田くんが言ってた子」
思わず、美香を見た。
一応、別れる原因になった彼女のことを言い出すなんて…
「結婚が決まると、都合良く忘れるのか?彼女を好きなんでしょって、俺を振ったのは美香だろ」
「まあ、今幸せならいいかって思えるものなのよ。それに、大沢くんは優柔不断で私の彼氏には向かなかったしね。優し過ぎるのも考えものね」
そこまで言うか。
やっぱり美香は強いわ。
俺なんて敵わない。
「なんにも言わないってことは、図星だね。帰って来てから話す機会くらい、あったでしょうに。さては、なんにもしてないんだ」
言葉に詰まった。
確かに、中学生がやるようなことしかしてない。
「私はもう結婚するんだし、ていうかとっくに別れているんだし、3年前みたいに気にする必要はないよね。それとも、彼女にもう彼がいるの?」
「いや…どうやらいないらしい。はっきり聞いたわけじゃないけど。」
俺の言葉に、美香が呆れた顔になった。
「大沢くんが、まだ彼女のことを好きなら、ちゃんと気持ちを伝えたら?3年前に振ったからって、それはもう考えないほうがいいと思うよ」
「今更…じゃないかな…」
つい、往生際の悪いことを口走ってしまった。
「もう~ほんともどかしいなあ。彼女がまだ大沢くんを好きなら、待ってるかもしれないのに。横から誰かに持って行かれてもいいの」
「美香…今のはガツンと来た。ほんとその通りだよ」
美香は学生時代から知ってるけど、昔から気が強くて押されてばかりだった。
けど、今押されて良かった。
「おせっかいかもしれないけど、明日から始まる山の上の公園のイルミネーション、誘ってみれば?告白にぴったりだから」
「イルミネーションか…」
考えながら、美香からちょっと視線を外したら、セキュリティゲートから出口に向かう彼女がいた。
ふと、横を向いてこっちを見た。
バチっと目が合う。
急いで笑顔を向けたけれど、きゅっと視線を反らして足早に歩いていった。
「美香…今彼女があそこを通った」
「えっこっちを見たの?」
「うん…目があったから」
俺たち二人でいるのを見て、何か感じてしまったのかもしれない。
あんなに、足早に言ってしまって。
「大沢くん、そんなボーッとしてないで」
「えっ」
「今、追いかけて。とりあえず、約束しなきゃ。」
「…分かった!ありがとう、行ってくる」
追いたてられるように、彼女が行った方向に走り出した。