3月。
ホワイトデー当日。
朝から無駄にドキドキしてた。
萩原さんから、本命のお返しがあるかもってつい期待しちゃって。
ただ、あの幾つものチョコを思うと、何かあっても義理のお返しかもしれないな。
そう自分に言い聞かせてた。
だって、期待し過ぎてへこみたくないもの。
定時のチャイムが鳴って、ゆっくりデスクを片付ける。
まだちょっと、何かあるかもしれないから…
全てしまいこんで、椅子にストンと座った。
あー結局、女子全員で貰った可愛い缶のお返しチョコで終了か…
勢いをつけて立ち上がる。
ロッカーに向かう廊下に出たら、「中野さん」
…私、呼ばれてる?
振り向いたら、あんなに待ってた萩原さんだった。
「あのさ、チョコのお礼したいから、帰りつきあってくれない?」
「…お礼?」
まさかと思ってたから、よっぽどポカンとしてたらしい。
「ご飯でもどう?」
「えっ…え…と、私とですか?」
「そう、中野さんと。嫌?」
「嫌じゃないです!」
「良かった。じゃ、1階のロビーで待ってて」
最後の最後で訪れた望み通りの展開。
ふわふわと顔が緩んだまま、エレベーターのボタンを押した。
3月の末、金曜日。
課の歓送迎会。
同じ島の先輩、同僚とすぐ近くの居酒屋に向かった。
予約された大きめの個室の前で、幹事さんがチェックをしてる。
その中に三島くんがいた。
「お、来たな」
同じフロアにいるのに、なんだか久しぶりな気がする。
このところ、見かけて無かったし…
三島くんが名簿にチェックするのを見て、個室に入ろうとした。
「ちょっと、こっち」
袖を引っ張られて皆と離れる。
「何?どうしたの?」
「今のうちに言っておこうと思って」
「え、まさか異動決まったの?」
3年目の私たち、異動になってもおかしくはないタイミングだけど…
「いや、異動ではないけど…長期出張」
「長期出張?どこ?」
三島くんの行き先は、新幹線なら何時間もかかる場所。
でも、異動ならともかく長期の出張なんてあるんだ。
「取引先の新店舗立ち上げで、メーカーも人を派遣するんだってさ。その初期メンバーになったんだ」
「へえ…そんなこと、なかなかないね」
「まあ、二人派遣されて半年くらいしたら、俺は帰ってくるけどね」
「そうなんだ。いつから?」
「4月から」
「えっもう来週からじゃない。気をつけて行って来てね。三島くん、慣れないとこ寝るの苦手じゃなかった?」
「心配してくれるの、そこ?」
「あ、ごめん…仕事もがんばって」
「仕事も…中野は相変わらずだなあ…」
笑ってる三島くん、久しぶりに見た。
何なんだろう、三島くんがこうしてくしゃって笑ってくれると、安心するなあ。
「まあ、頑張ってくるよ。それよりさ」
私の耳に、三島くんが口を寄せた。
「萩原さんと、付き合ってるんだって」
「…なんで、知ってるの」
社内では、分からないようにしてるつもりなのに。
「待ち合わせに使ってるカフェ、受付の子たちがよく行くらしい。見られてるな」
「…そうだったんだ…」
「良かったじゃん。まあ、お幸せに」
三島くんの口調が、なんとなく投げやりな気がしてつい、見返してしまった。
「三島くんこそ、あの子どうするの。せっかくチョコくれたのに」
「…あの子?」
何言ってるんだって顔を見て、しまったと慌てた。
私があの時見てたなんて、言って無かったの忘れてた。
「なんで、」
「ごめん!私、給湯室にいて見ちゃったの」
「中野、あれ見てたのか…」
「ごめん…で、どうなの?好きな人って誰?」
「そこまで聞いたのかよ」
「うん、まあ…せっかくくれたチョコ、返してたから気になって」
「そんなこと、聞かれたって言うかよ」
「えー、でも言ってくれたら協力するよ?」
「そんなの、いらない。ていうか中野には言わない。ほら、もう入れよ」
さっさと背中を向けて、行ってしまうのを見ていた。
好きな人…ほんとに誰なんだろう。
あんな頑なにならなくたっていいじゃない。
教えてくれたっていいじゃない。
気になるんだもの…
ホワイトデーにご飯をご馳走になった時。
お酒を飲みながら、
「付き合ってみる?」って言われて付き合い始めた。
そう言ってくれたから、少しは好意を持ってくれてるのかなって思って。
萩原さんは優しくて、映画に誘ってくれたりドライブに連れてってくれたりした。
だけど、彼女になれたなんていつまでも慣れなくて、ほんとなのかなって毎日思ってた。
萩原さんは、三島くんみたいに口も悪くなくて、ちゃんと女の子扱いしてくれる。
だから、付き合って4月くらいまでは、私の足はふわふわと地上10センチくらいに浮いていられた。
でも…なんとなく分かってたんだ。
たぶん、付き合ってみよっか、って言ってはくれたけど、好意なんて無かったってこと。
興味ぐらいは持ってくれたって、思いたいけど…
どうなのかな。
だって、優しくしてくれるけどいつもどこか上の空なんだもの。
5月になってGWに1度映画を観た後。
萩原さんからの連絡が減って来たことに気づく。
メッセージを送っても、既読はつくけど返事がなかなか来ない。
電話してみると、出てはくれるけど話が続かない。
何回か呼び出すと切れてしまうこともあった。
どうして?
私、彼女じゃないの?
浮いてた足は地面に着いて、めり込みそう。
そんな頃、久しぶりに萩原さんからのメッセージ。
土曜日の夕方、よく待ち合わせに使ってたカフェに向かった。
「本当にごめん」
私の彼氏のはずのその人は、注文したコーヒーに口もつけずに、頭を下げた。
「実はちょうどバレンタインの前に、彼女と喧嘩しちゃって…
強情で全然折れないからちょっと脅かしてやれって思って、つい…中野さんのチョコ、受け取ったんだ。
本命のチョコを受け取ったって言ったら、自分から折れるんじゃないかって…
中野さんのチョコ、利用したみたいになって…ごめん」
黙って聞きながら、モヤモヤした。
モヤモヤしたけど…思っていたより
冷静な自分もいた。
これ、結構ひどいことよね。
私にも、萩原さんの彼女にも…
「あの…なんで今私に謝ってくれるんですか?彼女さんとはどうなったんですか?」
私が聞いたこと、萩原さんの痛いとこを突いたみたいだ。
バツが悪そうな顔。
「ああ…そうだよね、いきなりこんなこと。彼女とは別れたんだ。脅かすつもりが決定的に怒っちゃって。もう別れるって言われて」
当たり前だわ。
私だってそう言う。
萩原さん、彼女甘く見すぎ。
「そうか、勝手にしろって思ってたんだけど。でも…だんだん後悔し始めて…これで終わりにしたくないって思って」
「それで私に…?」
「うん、彼女に謝るにしても、まず中野さんに謝らないとって思って」
「そう、ですか…」
ショックじゃないってわけじゃないけど、私は…こんなこと聞かされた割には、平気みたい。
何だろう…
萩原さんの気持ち、うっすら分かってたからかな。
確かにいい気持ちはしないけど、ちゃんと謝ってくれたからかな…
それに、チョコを渡しといてなんだけど、あんまり悲しくないんだ。
「中野さん?あの…」
「私のことなら、気にしないで下さい。萩原さんの気持ちはなんとなく分かってました。彼女がいたことは知らなかったけど」
「え…俺そんなあからさまだった?」
「いえ…そんなことなかったです。
でも、いつもなんだか上の空に見えました。」
「そうか…ごめん、ほんとに」
「もう、いいですよ。私帰りますね。ちょっぴりの間でも付き合えたのは嬉しかったし、色々勉強になりました」
バッグをガシッと掴んでスタスタと歩き出す。
飲み物代はまあ、お詫びの奢りということにしてもらおう。
ホワイトデー当日。
朝から無駄にドキドキしてた。
萩原さんから、本命のお返しがあるかもってつい期待しちゃって。
ただ、あの幾つものチョコを思うと、何かあっても義理のお返しかもしれないな。
そう自分に言い聞かせてた。
だって、期待し過ぎてへこみたくないもの。
定時のチャイムが鳴って、ゆっくりデスクを片付ける。
まだちょっと、何かあるかもしれないから…
全てしまいこんで、椅子にストンと座った。
あー結局、女子全員で貰った可愛い缶のお返しチョコで終了か…
勢いをつけて立ち上がる。
ロッカーに向かう廊下に出たら、「中野さん」
…私、呼ばれてる?
振り向いたら、あんなに待ってた萩原さんだった。
「あのさ、チョコのお礼したいから、帰りつきあってくれない?」
「…お礼?」
まさかと思ってたから、よっぽどポカンとしてたらしい。
「ご飯でもどう?」
「えっ…え…と、私とですか?」
「そう、中野さんと。嫌?」
「嫌じゃないです!」
「良かった。じゃ、1階のロビーで待ってて」
最後の最後で訪れた望み通りの展開。
ふわふわと顔が緩んだまま、エレベーターのボタンを押した。
3月の末、金曜日。
課の歓送迎会。
同じ島の先輩、同僚とすぐ近くの居酒屋に向かった。
予約された大きめの個室の前で、幹事さんがチェックをしてる。
その中に三島くんがいた。
「お、来たな」
同じフロアにいるのに、なんだか久しぶりな気がする。
このところ、見かけて無かったし…
三島くんが名簿にチェックするのを見て、個室に入ろうとした。
「ちょっと、こっち」
袖を引っ張られて皆と離れる。
「何?どうしたの?」
「今のうちに言っておこうと思って」
「え、まさか異動決まったの?」
3年目の私たち、異動になってもおかしくはないタイミングだけど…
「いや、異動ではないけど…長期出張」
「長期出張?どこ?」
三島くんの行き先は、新幹線なら何時間もかかる場所。
でも、異動ならともかく長期の出張なんてあるんだ。
「取引先の新店舗立ち上げで、メーカーも人を派遣するんだってさ。その初期メンバーになったんだ」
「へえ…そんなこと、なかなかないね」
「まあ、二人派遣されて半年くらいしたら、俺は帰ってくるけどね」
「そうなんだ。いつから?」
「4月から」
「えっもう来週からじゃない。気をつけて行って来てね。三島くん、慣れないとこ寝るの苦手じゃなかった?」
「心配してくれるの、そこ?」
「あ、ごめん…仕事もがんばって」
「仕事も…中野は相変わらずだなあ…」
笑ってる三島くん、久しぶりに見た。
何なんだろう、三島くんがこうしてくしゃって笑ってくれると、安心するなあ。
「まあ、頑張ってくるよ。それよりさ」
私の耳に、三島くんが口を寄せた。
「萩原さんと、付き合ってるんだって」
「…なんで、知ってるの」
社内では、分からないようにしてるつもりなのに。
「待ち合わせに使ってるカフェ、受付の子たちがよく行くらしい。見られてるな」
「…そうだったんだ…」
「良かったじゃん。まあ、お幸せに」
三島くんの口調が、なんとなく投げやりな気がしてつい、見返してしまった。
「三島くんこそ、あの子どうするの。せっかくチョコくれたのに」
「…あの子?」
何言ってるんだって顔を見て、しまったと慌てた。
私があの時見てたなんて、言って無かったの忘れてた。
「なんで、」
「ごめん!私、給湯室にいて見ちゃったの」
「中野、あれ見てたのか…」
「ごめん…で、どうなの?好きな人って誰?」
「そこまで聞いたのかよ」
「うん、まあ…せっかくくれたチョコ、返してたから気になって」
「そんなこと、聞かれたって言うかよ」
「えー、でも言ってくれたら協力するよ?」
「そんなの、いらない。ていうか中野には言わない。ほら、もう入れよ」
さっさと背中を向けて、行ってしまうのを見ていた。
好きな人…ほんとに誰なんだろう。
あんな頑なにならなくたっていいじゃない。
教えてくれたっていいじゃない。
気になるんだもの…
ホワイトデーにご飯をご馳走になった時。
お酒を飲みながら、
「付き合ってみる?」って言われて付き合い始めた。
そう言ってくれたから、少しは好意を持ってくれてるのかなって思って。
萩原さんは優しくて、映画に誘ってくれたりドライブに連れてってくれたりした。
だけど、彼女になれたなんていつまでも慣れなくて、ほんとなのかなって毎日思ってた。
萩原さんは、三島くんみたいに口も悪くなくて、ちゃんと女の子扱いしてくれる。
だから、付き合って4月くらいまでは、私の足はふわふわと地上10センチくらいに浮いていられた。
でも…なんとなく分かってたんだ。
たぶん、付き合ってみよっか、って言ってはくれたけど、好意なんて無かったってこと。
興味ぐらいは持ってくれたって、思いたいけど…
どうなのかな。
だって、優しくしてくれるけどいつもどこか上の空なんだもの。
5月になってGWに1度映画を観た後。
萩原さんからの連絡が減って来たことに気づく。
メッセージを送っても、既読はつくけど返事がなかなか来ない。
電話してみると、出てはくれるけど話が続かない。
何回か呼び出すと切れてしまうこともあった。
どうして?
私、彼女じゃないの?
浮いてた足は地面に着いて、めり込みそう。
そんな頃、久しぶりに萩原さんからのメッセージ。
土曜日の夕方、よく待ち合わせに使ってたカフェに向かった。
「本当にごめん」
私の彼氏のはずのその人は、注文したコーヒーに口もつけずに、頭を下げた。
「実はちょうどバレンタインの前に、彼女と喧嘩しちゃって…
強情で全然折れないからちょっと脅かしてやれって思って、つい…中野さんのチョコ、受け取ったんだ。
本命のチョコを受け取ったって言ったら、自分から折れるんじゃないかって…
中野さんのチョコ、利用したみたいになって…ごめん」
黙って聞きながら、モヤモヤした。
モヤモヤしたけど…思っていたより
冷静な自分もいた。
これ、結構ひどいことよね。
私にも、萩原さんの彼女にも…
「あの…なんで今私に謝ってくれるんですか?彼女さんとはどうなったんですか?」
私が聞いたこと、萩原さんの痛いとこを突いたみたいだ。
バツが悪そうな顔。
「ああ…そうだよね、いきなりこんなこと。彼女とは別れたんだ。脅かすつもりが決定的に怒っちゃって。もう別れるって言われて」
当たり前だわ。
私だってそう言う。
萩原さん、彼女甘く見すぎ。
「そうか、勝手にしろって思ってたんだけど。でも…だんだん後悔し始めて…これで終わりにしたくないって思って」
「それで私に…?」
「うん、彼女に謝るにしても、まず中野さんに謝らないとって思って」
「そう、ですか…」
ショックじゃないってわけじゃないけど、私は…こんなこと聞かされた割には、平気みたい。
何だろう…
萩原さんの気持ち、うっすら分かってたからかな。
確かにいい気持ちはしないけど、ちゃんと謝ってくれたからかな…
それに、チョコを渡しといてなんだけど、あんまり悲しくないんだ。
「中野さん?あの…」
「私のことなら、気にしないで下さい。萩原さんの気持ちはなんとなく分かってました。彼女がいたことは知らなかったけど」
「え…俺そんなあからさまだった?」
「いえ…そんなことなかったです。
でも、いつもなんだか上の空に見えました。」
「そうか…ごめん、ほんとに」
「もう、いいですよ。私帰りますね。ちょっぴりの間でも付き合えたのは嬉しかったし、色々勉強になりました」
バッグをガシッと掴んでスタスタと歩き出す。
飲み物代はまあ、お詫びの奢りということにしてもらおう。