「映画命」とまでは言いませんが、映画大好きな人生を送っています。
もの心ついた頃には、すでに映画に夢中だったと思います。
私の小・中学生の頃は、映画について、「一人で映画館に行ってはいけません」と学校から出された禁止事項でした。でも私は一人でよく行きました。夕方、大人たちに混じって映画館を出て、夕暮れの道を急いで家に帰ったものです。
さらに、中学生の頃にはテレビが登場して、自宅にはなかったので夕食を済ませて、親戚の家に入り浸りました。今では、「帰れ」と言って、テレビに見入っていた私を叱らなかった叔父さんたちは、“余ほど我慢強い人たちだったのだなあ‥” と申し訳なく思います。
高校生になっても、映画好きは止まりません。
交際を申し込んできた男子生徒が誘った映画は、当時、話題になっていた吉永小百合と浜田光夫共演の『愛と死をみつめて』。軟骨肉腫に侵された大島みち子さんの本を映画化したものでした。内容が強烈で、あの時の映像の所々が、まだ脳裏に浮かびます。
成人しても一人で映画館に座るのが好きといった状態でした。結婚して、子どもにお金が掛かる時期には、さすがに映画館ということにはなりませんが、テレビの進化が著しくて、映画を見ることが阻害されることはありませんでした。
そんな、映画好きが出会ったのが『SERENDIPITY(セレンディピティ)』です。恋人のためににクリスマスプレゼントを選んでいた男女二人が、同じものを同時に手に取るところから、物語は始まります。
お互いには、結婚しようとしている恋人がいるのですが、相手のことが気にかかり、小さな手掛かりをもとに、探し始めます。諸事諸々ありながらも、再会を果たすという内容です。この後、『セレンディピティ』は、私が開店した手作りと講習の店の店名になりました。
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何故か‥?
ストーリーは、特別に感動すべきものではないと判断します。それなのに何故、私を揺り動かし、身近かに引き寄せておくべき言葉になったのか‥?
映画の始まりのシーンに喫茶店が出てきます。そのシーンに「SERENDIPITY」と書かれた看板があり、私は「なぜ、喫茶店の看板がアップされてるの?」と思いました。
ストーリーも普通に見終わっても良い内容でしたが、全シーンに感じる目に見えないものに導かれる心みたいな力に引きつけられました。求めているものが、自分の思いによって引き寄せられてくる、神秘な力、神秘な出来事、を信じたいと思い、実現することを期待したように思います。
私は、店を始めるとき、“店名をどうするか” 考えました。
地域の女性たちが集まり、幸せになる何かに出会う店にしたいと希望していましたから、『セレンディピティ』しかないと確信した訳です。
でも、来店する方が「セレンディピティは発音が難しい」と言って、どうしてこんな店名にしたの?と嘆きました。
「皆さんが幸せを掴める願いを込めて、この名前にしたんですよ」
そのうち、脳学者の茂木健一郎さんがよくセレンディピティをテレビで言うようになりました。常に求めるものに集中していたら、偶然に訪れたときに掴むことができるという説明です。「チャンスは前髪で掴めというでしょ!」
さらに、ノーベル物理学賞を貰った小柴昌俊教授も言われました。
「長いこと素粒子の研究に没頭していたら、ある日はるか宇宙から飛んできたんですよ。運よくその瞬間を掴むことができました。セレンディピティですよ」
映画の話が、つい、セレンディピティを店名にしたいきさつになってしまいました。いくら話しても、映画の話に終わりはないのでこの位にします。
最近、ケーブルテレビで放映した「一枚のめぐり逢い」の素敵な風景を、スマホでパチリしましたのでご覧ください。
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😃上記の写真は私の物ではないのでちょっと外に出てパチリしてきました。
今、午後1時です。午後の日差しを受けた金糸梅とザクロの花です。
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