今度こそ完済!借金500万円返済日記

三度目の正直で今度こそ借金完済を固く決意。毎月苦しいけれど借金返済状況や、多重債務者の日常生活を綴ります。

ブラック企業で生き残れる人

2021-05-22 21:43:08 | ブラック企業の話

久しぶりにブラック企業の話です。
私の中では、ブラック企業のネタは同じカテゴリの一つ前の記事(最後までブラックだった)で完結しているつもりでした。

今の職場は正真正銘ホワイト企業。
地元でも働きやすい会社としていろいろ認定されていたり表彰されていたり。
この会社でずっと働けたらいいなぁと入社以来ずっと思っていましたが、昨年末にイジメに遭い始めてからは、毎日が苦痛で早く契約期限が来てほしいと願うようになり、いい転職先はないかと最近求人情報をよく見るようになりました。

ハローワークの求人を見ていたら、一昨年末まで勤めていたブラック企業がまた載っていました。
私が働いていた頃から、無料で掲載できるハローワークにはずっと求人を出し続けていましたが、驚いたのは人数です。私が辞めた時、全社で20人はいたはずですが、11人となっていました。
私が最後にいた店舗ともう一か所閉鎖しているので、各店舗のパートさんが辞めたとしても多すぎます。

思わずホームページを見て誰が残っているのか確認しました。
知らない顔は一人もいない、ということは、新しく採用してないか、してもすぐ辞めたことになります。

残っている人に共通しているということは、全員この会社に愛着、いや執着を持っている人。
私は、この会社で働いているとき、ブラック体質に納得できなくてほぼ全スタッフに会社に不満はないのか?と聞いたことがあります。
私と同じくブラック体質に耐えられなかった人は、もう全員退職しています。
現在残っている人は、全員がブラック企業ではない!と否定していた人たちでした。
中には、バイトを転々としていた自分を拾ってくれた社長に感謝しているという人もいます。

当時、私以外の管理職は全員ブラック否定していて、私は管理職会議でよくやり玉に上げられて、つるし上げをくらっていました。
よく言われていたのは、管理職にふさわしくない、不満が多すぎる、甘えているということ。
入社時に提示された条件をきちんと守ってほしいということは、すべて不満や甘えということでした。
私に言わせたら、それを容認する方こそおかしいし、管理職にふさわしくないと思います。

仕事内容自体はやりがいはあるので、社長の口癖は「やりがいのない仕事がたくさんある中、こんなやりがいのある仕事に就けることを幸せと思え!」でしたが、ブラック体質の中で働いていると、体も心もすたれてくるので幸せなんて感じられなくなります。
他の管理職たちは、それまでに勤めた会社も同じような境遇だったけど、仕事のやりがいは今の方が断然良い、ということに目がくらんでいるようでした。
こんな職場で働けることに感謝できない私がおかしいと何度か言われたこともあり、どうみても社長に洗脳されている状態です。
簡単に洗脳されてしまうのは、まともな職場で働いていない証拠です。比べる対象がないのです。

こんなことを思い出したのは、やっぱり今の境遇が辛いから。
でも、ブラック企業で他の管理職から目の敵にされたのは、イジメだとは思っていません。仕事上の考え方の違いという一応の理由があるから。今の境遇は何の根拠もない、理不尽なイジメです。

でもブラック企業では二度と働きたくないです。
だからあと10か月と少し、まだまだ先は長いですが、借金返済と資格取得だけに目を向けてやっていけたらと思います。

 

 

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最後までブラックだった

2020-12-12 22:45:37 | ブラック企業の話

本当は12月10日にこの記事を書きたかったのですが、寝落ちしてました。

去年の今頃、12月10日が最後の出勤でした。
ちょうど社長に辞めると言い放ってから1か月でした。

実はもっと早くに最終勤務日を迎えられると思っていました。
有給なんて使ったことなかったので、20日間まるまる残っていたし、一応建前は完全週休2日だったので月の休みは8日。ということは、31日のうち28日が休めると思ってて、12月は3日だけの出勤で済むと思っていたんです。

でもそこはさすがのブラック企業。よくわからない理屈ですべて消化はできませんでした(T_T)
この会社は、有給休暇を日数ではなく時間で計算します。
有給休暇は1日6.5時間(1時間の休憩時間はしっかり差し引きされます)。1か月の勤務時間は177時間なので、6.5×20=130時間が有給となり、残り47時間働かないといけません。すっかり会社に嫌気がさしていたので、最後までブラックなやり方の会社だなぁ。。。と反発心しかありませんでした。
でもこういうやり方でも法的に問題はないそうです。日数で考えてしまうと8日出勤しているのでなんだかずるいなぁと今でも思っていますが。

さすがにもうただ働きをする気はなかったので、ほぼきっかり47時間働きました。
12月10日までに定休日が2日ありました。
ほんとは年明けてから仕事を探したかったのですが、悠長なことは言ってられません。
最初の定休日にハローワークで今の会社の求人を見つけ、すぐに履歴書を郵送しました。
2日後には連絡があり、翌週に面接に来てほしいと言われたので早速11日に行くことになりました。
契約社員ですが、条件がなかなかいいのでさすがに採用されると思っていませんでした。なので、私としては、派遣会社から少しでも条件の良い仕事を紹介してもらいたいと思っていました。
2回めの定休日には2件の派遣会社に登録に行き、「1月からすぐに働きたい、12月12日以降ならいつでも面接に行けるので連絡してほしい」と猛アピールしてきました(^_-)-☆

11日の面接ではやっぱり手ごたえが感じられなくて、帰り道にハローワークに寄って、またそこそこ条件のいい仕事を見つけてすぐに履歴書を送りました。
12日には派遣会社で3社ほど紹介してもらいましたが、どこもしっくりこなくていったん保留にしてもらいました。

面接では採用者には12月18日に電話連絡があると聞いていたのですが、16日に電話をもらえました。まさか採用されるなんて全然期待できなかったので、驚いたし大喜びしました。
その後、もう一か所履歴書を送った会社からも面接の連絡がきましたが、今の会社に決めてしまっていたので丁重にお断りしました。

転職活動はこれで3回めでしたが、実は3回とも割ととんとん拍子に決まっています。
どの会社も自分が行きたくて応募した会社ですが、ブラック企業に入るときだけ、判断を誤ったと思っています。

多重債務の身には、仕事のやりがいなんて選んでいる場合ではないのですが、やっぱり私は仕事内容=「自分が納得して打ち込める仕事」にこだわってしまいます。
ブラック企業を抜け出して、世間一般並のお給料や休みがもらえる仕事に就くことができて夢のような出来事が起こった!と自分でも驚いていたのを昨日のことのように覚えています。
だからこの会社で働いている間にできるだけ借金を減らすこと、次の仕事もスムーズに決まるようにスキルを磨くことを目標にしましたが、ここにきて2つともが伸び悩んでいます。。。

 

 

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閉店しました

2020-11-10 21:41:35 | ブラック企業の話

なんの解決にもなりませんが、Go to Eatチケットはクレジットカード払いができるようです。
とりあえず、まだ11月は3分の2残っているので、できるだけ現金は残す方向でやりくりするつもりです。

しばらく書いていなかったブラック企業時代の話。
ちょうど1年前の11月10日に、社長に直接辞めます宣言をしました。
あれから1年、私が最後に担当した店舗は閉店しました。
正確に言えば9月末には閉店していました。すっかりブログに書くことが抜けてしまっていました。

閉店する少し前に、顧客の方に偶然会って聞きました。
その方から聞いたのは、
私が辞めたことは新しい店長もスタッフも言葉を濁して答えてくれなかった
その後、2人いたスタッフも立て続けに辞めていった
ちょうど2人のスタッフがいなくなったタイミングで、店長からあと1か月で閉店するので、希望する人は多店舗に移れるように手配すると言われた
でもその人はもう続ける気がなかったのでタイミングよくやめられるからかえって良かったと言っていました。

辞めていった私が言うのもなんですが、唯一の黒字店舗を閉店した社長は本当に馬鹿だなぁと思います。
実は2回めに辞めます宣言をしたときも、社長は何を勘違いしたのか、私が遠距離通勤に耐えられなくて辞めると言い出したと思い込み、「ここは次の家賃の更新をしないで閉鎖するから、●●市に移ってもらえないか」と言ってきたことがあります。
私が辞めたい理由は勤務先が遠いなんてことではなかったのに、そういう要因にしたかったのだと思います。その時はコンサルタントに反対されて思い止まったそうですが、そのコンサルさんもクビ切られてるし、もう止めてくれる人もいないのでしょう。

他の店舗と距離が離れている分、競合相手がいなくて黒字になっているという側面もあるのに、社長でもない私が見ても、唯一の黒字店舗を閉めるなんてほんとおかしな話です。スタッフ2人辞めてもそれだけで他店舗の赤字は解消できません。

ブラック要素しかないあの会社は嫌でしたが、自分が担当していた店舗も顧客の皆さんも仕事内容も大好きでした。
ここまで借金を増やしていなければ、イコールきちんと最初の約束通りの給料とボーナスがもらえていればおそらく私は辞めていませんでした。
辞める直前の運営を続けていれば・・・と悔やまれますが、それでも社長は給料もボーナスも据え置いていたはずだし、残業代も支払ってくれないままだったでしょう。そして私はもうどこからも借り入れできない状況になって、今度こそ破産だったと思います。

自分の一生が台無しになるくらいなら、ブラック企業の一店舗が閉店したことなんて気にしている場合ではないと思っておきたいですが、仕事に愛着があったぶん、つらいものがあります。

 

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半沢ロスで思うこと

2020-10-04 22:57:15 | ブラック企業の話

ドラマを見るのが大好きです。
なので、コロナ禍で、今年4月から始まる新ドラマが軒並み延期になってしまったのはかなりショックでした。

このところのドラマは面白いものがたくさんあって、毎日楽しみがありましたが、やっぱりいちばん面白かったのは「半沢直樹」です。
前シーズンからはまっていましたが、続編も期待を裏切らない面白さでした。

銀行員の友人の話では、「あんなに上司にたてつく行員はいないし、いたらすぐ飛ばされるかクビ」ということですが、普通の会社員でもまずありえません。
大半の人は、たとえ上から理不尽な命令をされても責任を押しつけられても、言いたいことを我慢して仕事をしています。
半沢直樹はそこを恐れずに、時には暴言も吐きながら、さらに結果を出しててかっこいい、だから見ていてすっきりするんですね。

現実にはこんなこと許されるものではないと、平常心の私ならわかっています。
でも、去年、ブラック企業を退職するとき、社長に暴言を吐きました。もちろん狙ってではなく無意識に言ってしまいました。

退職を口走ったのは11月10日でした。
日曜日のくそ忙しい時に、社長が訪ねてきていらっとしたことをよく覚えています(^^;
父のことをあれこれ言われて、思わず「辞めます」と言ってしいましたが、社長は「まぁまぁ、今は大変な時だから、落ち着いて考えて」と逃げるように出て行きました。
実は私も、その直後は後先考えずに退職を口走ってしまって、ちょっと後悔がよぎりました。
が、言ってしまった以上撤回するわけにはいきません。
ただ、今まで勤めた会社は、退職届のフォーマットが社内にあったけど、この会社にはなかったので、いったいどんな風に届を出せばいいのかわからず、また他の管理職にも聞く気もならず忙しさにかまけて1週間以上放置していました。

そして、いつもの休日返上の会議の前に社長に呼び出され、「辞めるといいながらいつまで経っても退職届を出さないのは、ほんとは続けたくて引きとめられるのを待ってるんだよね?」と言われました。

社長の言い方にカチンときて、これまで社長に抱いていた嫌悪感をすべてぶちまけてしまいました。
「あなたには尊敬できるところが何もないし、ついていって大丈夫なのか不安で仕方がなかった。こんな会社にいるのが恥ずかしい。今では社長が話しかけてくると虫唾が走る。社長が話すこと全部ムカつく!」と言った記憶があります。
社長の表情がみるみる変わっていったのを今でもよく覚えています。漫画でよくある青筋がピキっと立つ感じ。
今思うともっと理路整然と、業務や会社の問題点を伝えればよかったとも思います。あれは感情に任せたまるで痴話げんかでした"(-""-)"
社長もさすがに「できるだけ早く届を出すように。でも僕に直接渡しに来ないでほしい。郵送か部長に渡すように。今日の会議は出なくていいからもう帰れ。」と言ってきました。
私は最後まで可愛げがなく、「退職届書いてから帰ります。」と言いました。

後日友人にこの話をすると、「いくらなんでも社会人として言ってはいけないことを言ったね・・・」と完全に引かれてしまいました。
もちろん私も反省はしています。社会人として恥ずかしいとも思います。自分がもし同じことを言われたら、一生傷ついて根に持つはずです。
でも、根っこのところでは、言いたいことを言ってすっきりしていました。
怒りで歪んだ社長の顔を見るのは痛快でした。そして辞めることを迷っていたのが嘘のようで、未練は全くなくなりました。

半沢直樹みたいにかっこいいことは全くできませんでしたが(むしろ醜いですね・・・)、人生で1回くらいはこういうことがあってもいいと思います。
でも本当に一生に一度でいい、もう二度とここまで人間関係を壊す出来事を作らないようにしたいです。

 

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辞めます!3度目の正直

2020-09-27 20:43:19 | ブラック企業の話

父の退院が決まりました。
今回は早かったです。

来週からはまた仕事が忙しくなるのと、今回はそんなにおおごとではなかったので、退院のお迎えは近所の父の友人にお任せしました。
田舎はご近所づきあいが密なのでこういうとき助かります。

今の職場は、無理を言えばきっと休みをもらえると思いますが、これからも何があるのかわかりません。大丈夫なうちはお任せできることはご近所や親戚に任せたいと思っています。

去年の夏も父は入院していました。去年はかなりおおごとで、3か月近く入院していたので、ブラック企業で疲弊していた私は、父のことでさらに精神的に限界でした。
この1週間はずっとこの時のことを思い出していました。

例のつるし上げ会議があったのは去年の8月上旬でした。
↓この記事のことですね。

引き止められたくて言ってるんじゃない! - 元名ばかり管理職(年収180万!)の借金返済日記

この直後はさすがに嫌気がさして、もう今後は休日をしっかり取って、転職活動をしようと決めた矢先、父の入院がありそれどころではなくなりました。
借金を重ねながら毎月働いていましたが、次の仕事を決めずに辞めてしまうとますます借金を増やすだけになります。退職金すら出ない会社だったので。。

社長や周りの管理職とはぎくしゃくしたままだったので、父が入院したことも伝えていませんでした。毎日顔を合わせることがなかったこともあるし、プライベートなことを話せる信頼は、もう持てませんでした。

そして私の店舗の定休日を週2日にし、しっかり休むことに決め、週に1回は父の病院に通っていました。
10月末、休みの前日に社長、管理職、コンサルとの飲み会を開くので来るようにと部長から要請がありました。この時初めて父が入院しており、休みの前日は仕事が終わると実家に帰っていると打ち明けました。飲み会に行きたくないのが本音でしたが、私には社内のコミュニケーションを円滑にしたいなどという気持ちはもう全くなくなっていたし、それなら少しでも父のところに行ってあげたいと思っていました。
病名まで告げたので、さすがに部長も驚いて無理じいはしませんでした。

その数日後、このことを知った社長がやってきて、父の病状を根ほり葉ほり聞いてきました。
その聞き方がデリカシーがなさすぎて、答えるのも嫌になり適当に答えていましたが、社長は私が何を思っているのかもまるで気づかず、ますます一人でしゃべりまくっていました。
揚句、「年よりなんか誰でもそのうち死ぬんだから、若い者がくよくよ悩んで犠牲になることはない。俺なんかもう3年も前におやじをなくしたからもう何とも思わない」と言われました。

その瞬間、私は「わたし辞めます!」と唐突に言い放ったと記憶しています。
はっきり言って、その時まで辞めるつもりは全くありませんでしたが、この社長の言葉が信じられなくて、こんな人が経営する会社にいたくないと直感で悟ったのだと思います。
言った直後は「私、今何いったんだろう?」と自分でも驚きましたが、今はこの決断に後悔はありません。
この後、社長や部長とは修復不可能なほど決裂してしまいますがこれも後悔はありません。

 

 

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