チョ・ナムジュ氏の「82年生まれ、キム・ジヨン」は韓国で販売数130万部を超えるベストセラー小説だ。
82年生まれのキム・ジヨンが受験、就職、結婚、育児を経て精神を崩壊させていくハナシは作家自身の半生でもあり、女性を抑圧し苦しめてきた韓国の風土、社会構造、人々の意識をナムジュ氏はリアルに描き、告発している。
「あとがき」でナムジュ氏は
ジヨンには正当な補償、応援、多様な機会、選択肢が与えられるべきだった。
女として生きることに伴う挫折、疲労、恐怖感を当然のこととして受け入れてはいけない。
この小説が社会構造や慣習を振り返り、声をあげるきっかけになってくれれば。
といったことを書いている。
だからといってフェミニズム文学と定義づける必要はないと思うけど。いい小説、素晴らしい現代文学だから。
今回旅しても遠い国という印象だったゆえに、いったい韓国の人たちはどのような小説を読んでいるのだろうとふと思った。
検索して知ったこの作品を読みながら、韓国の男尊女卑はひどいものだと最初は驚き、いやでも日本だって同じようなものではないかと思い直した。
先日ソウルを旅して、レストランやお店や街で接した韓国の人たちがどのような日常を送っているのか私の想像力は働かなかったが、この小説に出てくる韓国の人々の気持ちはわかると何度も思った。男性に有利な社会構造を当然だと密かに喜んでいる登場人物は私自身のようだとも。
いつからか私は小説をあまり読まなくなった。エンタメとしては小説よりも映画やドラマの方を楽しむようになっていたから。
この作品は2020年に映画化されている。だがその映画でいま私の中にある読後感と同じものが得られるかはわからない。映画は監督の作品になるから。
映画も見たいけど、でもこの小説を読まないと作家のメッセージはわからないような気がする。
とそんなことを考えていると、小説を読む意味がわかったような気がした。古典でなく現代文学でなければ味わえないものはこれだと。
旅をきっかけに異国の優れた小説を読んだおかげで、私は現代文学の面白さを再認識した。