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増補 普通の人びと

クリストファー・R・ブラウニング(谷喬夫訳),2019,増補 普通の人びと──ホロコーストと第101警察予備大隊,筑摩書房.(1.2.2021)


 その多くが、ハンブルクの労働者階級および下層中産階級出自のドイツ人により構成された第101警察予備大隊。彼らは、ポーランドの「ルブリン管区」において、夥しい数のユダヤ人を殺害した。
 ユダヤ人たちは、住居を追われ、村や町の広場もしくはゲットーに集められる。その際、満足に歩けない者は、即、射殺された。広場もしくはゲットーのユダヤ人たちは、警察隊に追い立てられ、森に連行される。当初、警官は、母子を含む個々のユダヤ人を至近距離から射殺した。その方法は、あまりに効率が悪く、また警官が脳髄、血潮を浴びてしまうため、やがて、ユダヤ人たちに巨大な墓穴を掘らせ、そのなかにユダヤ人たちを並ばせて、一斉射撃で殺害した。(下の写真は、419頁に掲載されている、射殺場に追われていくユダヤ人女性たちである。これまで、吐き気を堪えながら、戦争犯罪の写真を多数見てきたが、これは、そのどれよりも怖ろしい。彼女たちは、射殺されると知りながら、墓穴に向かって疾走し、このわずかあとで、実際に射殺されたのである。)
 ブラウニングは、すべての第101警察予備大隊の警官たちが、ナチスのユダヤ人せん滅作戦に賛同し、嬉々としてホロコーストに加担したとは書いていない。たしかに、そのような者もいたが、射殺する役割から逃れる者たちもそれと同じくらいいたし、多くは、嫌悪と恐怖にかられながら「命令」を忠実に実行したのである。彼らは、まがうことなき「普通の人びと」であった。
 ブラウニングは、警官たちがおかれた社会状況とともに、ミルグラムの「アイヒマン実験」やジンバルドーの「監獄実験」の知見も参照しつつ、殺戮者たちの心理を抉り出していく。

(「人種差別主義と反ユダヤ主義に基づいた排除の共同体の」)根底的な再編が可能であったのは、部分的には、ユダヤ人を排除し中傷することが、民族共同体に属する者にとって、最下層の者にとってさえ、社会的地位の上昇からくる心理的満足感や、物質的利益の獲得チャンスを提供したからである。(p.380)

 そして、ユダヤ人せん滅作戦に動員された人々は、上官に命じられるまま、ユダヤ人を射殺し、あるいは「強制収容所」、「絶滅収容所」に連行した。
 後世に残すべき、圧倒的な内容の書物である。



薬剤師や職人、木材商などの一般市民を中心に編成された第101警察予備大隊。ナチス台頭以前に教育を受け、とりたてて狂信的な反ユダヤ主義者というわけでもなかった彼らは、ポーランドにおいて3万8000人ものユダヤ人を殺害し、4万5000人以上の強制移送を実行した。私たちと同じごく平凡な人びとが、無抵抗なユダヤ人を並び立たせ、ひたすら銃殺しつづける―そんなことがなぜ可能だったのか。限られた資料や証言を縒り合わせ、凄惨きわまりないその実態を描き出すとともに、彼らを大量殺戮へと導いた恐るべきメカニズムに迫る戦慄の書。原著最新版より、増補分をあらたに訳出した決定版。

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