1980年代から2000年代にかけて、すさまじい過労のはてに、脳・心臓疾患により亡くなった人々、同じく鬱病を患い自殺した人々と、労災認定、行政訴訟についての数多くの事例が紹介されている。一気に読みとおすのは難しいだろうが、読むに値する力作だ。
周知のように、'karoshi'は世界中に知られている。日本人は、たかが、企業や行政機関、あるいは職業のためになぜ「死ぬ」のか、さぞ、不思議がられているのだろう。
「新卒一括採用」人事のため、転職が難しい。「就職」が「職務」に就くことではなく、カイシャという疑似共同体のメンバーとなることを意味することが多い日本社会で、たしかに、仕事を「辞める」ことはリスキーだ。だからといって、死ぬまで働いたり、自殺するまで我慢することもなかろうに、とはだれしも思うところだろう。
読んでいて、ふつふつと怒りを感じるのは、人を死にまで追いつめる企業人たちと、それに見て見ぬふりをしてきた労働組合のありようだ。
労働者を守ってくれるはずの労基署が労災を認定せず、遺族が行政訴訟に訴えざるをえない野蛮な国、これが日本である。
目次
1章 過労死・過労自殺―ありふれた職場のできごと
2章 トラック労働者の群像
3章 工場・建設労働者の過労死
4章 ホワイトカラーとOLの場合
5章 斃れゆく教師たち
6章 管理職と現場リーダーの責任
7章 過労死の一九八〇年代
8章 過労自殺―前期の代表的な五事例
9章 若者たち・二〇代の過労自殺
10章 ハラスメントと過重労働のもたらす死
終章 過労死・過労自殺をめぐる責任の所在
企業社会のしがらみや「強制された自発性」に絡めとられながら、限界をこえるまで働くふつうの労働者たち。そのいびつな社会構造は、今も過労死・過労自殺で斃れる人びとを生み出しつつある。日本を代表する労働研究者が、膨大な数の事例を徹底的に凝視することで日本の労働史を描き出した本書は、現状を変えてゆくための、鎮魂の物語である。
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