両作とも、比較的、地味な内容の長編小説であるが、中高年の男女が、それぞれの色恋の後始末にてんややんわし、互いの感情の行き違いに狼狽するさまが、実に細やかに描かれている。
物語が複数の主人公の視点から構成されているのは、他の作品と同様である。
過ち、後悔、未練、執着・・・読む者の経験と共振する心理描写がすばらしい。
井上荒野,2020,よその島,中央公論新社.(10.26.24)
妻が〈殺人者〉と知ったとき、穏やかな日常がサスペンスに変わる
東京での暮らしをたたみ、「島」に移住した70代の夫婦と、友人の小説家
それぞれの秘密、それぞれの疑惑があやしく溶け合うなかで〈真実〉が徐々に姿を見せていく
離島へ移住を決めた芳朗と蕗子、そして夫妻の友人・野呂。人生の終盤で実現した共同生活の滑り出しは順調に見えるが、三人はそれぞれ不穏な秘密を抱えており…。おいそれとは帰れないこの場所で、彼らは何を目にし、何を知るのか―。
井上荒野,2021,百合中毒,集英社.(10.26.24)
二十五年前に家族を捨てて出ていった父親が突然戻ってきた。妻と娘夫婦が経営する八ヶ岳の麓の園芸店へ。
二十歳下のイタリア人女性と恋仲になり一緒に暮らしていたが、彼女が一人で帰国してしまったというのだ。
しかし娘たちはとっくに大人になり、妻にはすでに恋人がいた。
次女の遥は叫ぶ。「許さないから。絶対に。出てってよ。早く出てって!」
長女の真希は苛立つ。「大恋愛して出ていったのなら、二度と戻ってこないのが筋ではないのか」
妻の恋人・蓬田は夜ごと彼女からの電話を待つ。「俺はまるで女子高生みたいだな」
そして妻の歌子は思い出す。夫との出会いの場所に咲き乱れていた花のことを。
家族とは。夫婦とは。七人の男女の目線から愛を問い直す意欲作。