伏見憲明,1997,<性>のミステリー──越境する心とからだ,講談社.(10.28.24)
女でありたい男、男でありたい女。男が好きな男、女が好きな女。あなたの内側にも広がる「性の迷宮」とは?推理じたてで常識的二元論をくつがえす異色作。
27年前に刊行された本とは思えないほど、現在もなお有効な知見が展開されている。
女も男も、それぞれ、女、男という着ぐるみを身にまとった存在にすぎない。
セクシュアリティというのが基本的には男制/女制というジェンダーイメージをめぐる欲望によって成り立っているということは話した。私たちが欲情しているものは、生物学的な「性」の現実(セックス)ではなく、その上にまとっている社会・文化的な「性」(ジェンダー)によって具現化された「女」像/「男」像である。いわば、男制/女制というのは、着ぐるみだ。私たちは熊やカエルのぬいぐるみを着込むように、男制と女制という着ぐるみを入念に頭からかぶって、恋愛市場に繰り出すことになる。着ぐるみといってもそれが指し示しているものは服装だけではない。髪型、化粧装飾品、しぐさ、体型、しゃべり方、声のトーン、香り、自己表現の方法、経歴、職所有車・・・・・・などさまざまな要素がミックスされたものであり、そこで求められる細かい規定は、それぞれの社会・文化、そして対象の嗜好によってかなり異なってくる。恋愛市場でもてはやされるためには、そこで現在、流通しているジェンダーイメージの傾向と対策を学ぶことが必要になってくる。
(pp.80-81)
愛情は長期にわたって持続しうるが、性欲ははかない。
欲望の論理という観点から考えてみても、発情の恒久化というのは難しい。欲望というものは食欲でも物欲でも、求める状態が実現した途端にどこかに消えていってしまうものであり、それをできるだけ維持し高揚させるためには、実現を少しでも先送りするのがいい。つまり、性行為というのは実現されればされるほど性的欲望を消費する結果となるのだから、それを日常化する結婚自体に、欲望とは相容れない論理があるのだ、ということになる。
どちらにしても、性的欲望だけを紐帯にして夫婦やカップルを維持していくことは難しい。しかし、子はかすがいとはよく言ったもので、結婚というシステムには性的欲望に替わる「子育て」という維持機能が備わっているのである。また、それは結婚式という儀式や登録の手続きなど、一度高い敷居をまたがせる作業によって、後戻りしづらいシステムになっている。ゴキブリホイホイほどではないが、入るのは簡単だが出るのは難しいのである。社会的にふたりの関係が認められるということは、ふたりの関係を解消するにあたっても社会的に承認を得なければならないということで、そういったたがによる安全装置も働いているのだ。
さて、原因はともあれ、お互いを欲情させるためのジェンダーイメージの性的効果は、消耗されていくものだ、ということは事実として認めなければならないだろう。それは精神的な相互理解とか相互依存といったこととは関係なく生じる。どんなに愛を感じていても性的には何の刺激も受けない、ということは実際あるのだ(だから、そういった場合、ふたりの間にエッチがないことを「愛してないからなのね」と結論づけるのはあまり意味を持たない)。
(pp.95-96)
(p.97)
伏見さんは、「性」を、セックス、性自認、性役割、セクシュアリティの四層を成すものとしてとらえているようだ。
結局のところ、自分が「男」である「女」であるとアイデンティファイすること(性自認)と、自分が体現している性役割が男制的か女制的かということ(ジェンダー)は、かならずしも連動していない、と理解するのが間違いを生じないだろう。異性愛者や同性愛者と同様、TSのジェンダーにも個々でかなり幅があるのだ。ボーイッシュな女性もいれば、フェミニンな男性もいるということと同じである。
(p.173)
このように考えてくると、自分が「女」である「男」であるという意識である性自認、性役割や思考の傾向が「女」らしいか「男」らしいかというジェンダー、性的指向がどちらの性別を向いているのかというセクシュアリティの三つの要素が、個々人の中でそれぞれ別々に、微妙なバランスで共存しているということになる。それらは連動しているように見えるが、個々の例を分析してみると、実際は、動きはかなりバラバラで、むしろそれらを独立のパラメーターとしてとらえた方がいいだろう。
(p.175)
人間の「性」は、ドゥルーズとガタリが「n個の性」と呼んだように、多次元にわたってほぼ無限に入り組む、多様性に充ちたものである。
多次元に展開するスペクトラム上のどこかに、わたしたちの「性」はある。
そこに、正常と異常の線を引きなおす「性の政治」が展開されていることに自覚的でありたい。
目次
プロローグ 「本物の女」と「本物でない男女」たち?
第1章 ジェンダ―「男」と「女」の作られ方
第2章 セクシュアリティ―欲情の傾向と対策
第3章 セックスと性自認―「本物の女」「本物の男」とは?