見出し画像

本と音楽とねこと

性風俗のいびつな現場

坂爪真吾,2016,性風俗のいびつな現場,筑摩書房.(3.6.24)

(著作権者、および版元の方々へ・・・たいへん有意義な作品をお届けいただき、深くお礼を申し上げます。本ブログでは、とくに印象深かった箇所を引用していますが、これを読んだ方が、それをとおして、このすばらしい内容の本を買って読んでくれるであろうこと、そのことを確信しています。)

 発売当初からとても話題になった本であり、実際、なかみが非常に濃い。

これは刊行当初の紀伊國屋新宿南店のポップらしい。スゴい。

 ポリコレ的な偽善、欺瞞に陥ることなく、なにが問題で、それをどう解決していくのか、最初から最後まで、よく考えぬかれている。

 わたしが、性虐待・加害・暴力を、異常なほどに嫌悪するのは、中学生のときに受け続けた、いじめという名の性暴力被害の経験があるからかもしれない。

 そして、その嫌悪は、買春する男への嫌悪につながっているように思う。

 しかし、こういうケースもある。

 広川剛志さん(三四歳)は、有名国立大学卒の、IT関係の事業を起業し、成功を収めたイケメン。
 彼が買ってる女は、田宮玲子さん(二七歳)。身長は170センチ近く、「剛志さんと同じ国立大学(←東大か一橋か?)の経済学部出身で、大学院で修士号を取得した後、丸の内の外資系監査法人に勤めて」おり、海外のビジネススクール(たぶんハーバード)でMBAを取得する予定である、という。(pp.100-101.)

 同じように、女性の身体も本来であれば五万~一〇万円台で売らないと、心身の健康を維持するための再生産コストや美容コストが賄えないはずです。わずか数千円~一万円台の利益では、美容院代にすらならないので、どう考えても『赤字』になってしまう。激安デリヘルなんて論外ですよ。つまり、女性の身体は五万以下で売るべきではないし、買うべきでもない。冗談半分ですが、法律で最低価格を五万以上に定めれば、風俗の世界の問題は大半が解決すると思いますよ」
(広川さん、pp.105-106.)

 「女を買う」男に対する嫌悪はどこからくるものなのだろう?

 デッドボールドリームをつかめなかった大多数の女性たちに、救いの道は残されているのだろうか。一つの道は、男性客との恋愛だ。在籍女性が男性客と恋愛関係になる例は結構あるという。そもそも交際相手を探す目的で利用する客も多く、「店を通さないで、外で直接会わないか」「自分の家に来てほしい」「ご飯を作ってほしい」などと持ち掛けてくる男性もいる。こうした露骨な客に加えて、内心「あわよくば恋愛関係になりたい」と思っている客を含めれば、八割近くの客が恋人探し目的(!)だと推測されるそうだ。
 ある女性は、客から「いつか自分が良い男だって分からせてやるから」としつこく言い寄られた経験があるそうだ。ちなみにその客は、彼女に自分が良い男だと分からせる前にNG=指名禁止になった。女性によって態度を変える客も多く、一見内気に見える客、これまで問題なく利用していた客が、若い女性や未経験の新人女性についた途端、人が変わったように問題のある言動を連発することもあるそうだ。
 男性客にとって、女性と恋愛関係になった場合、その日を境にして店が「敵」になる。「自分の愛する女性に無理矢理身体を売らせている、許せない奴ら」へと認識が変わるのだろう。女性がスタッフと電話で話しているだけで、嫉妬心に駆られて「お前ら、なんか陰でいやらしいことをしているんだろう」と疑ってかかる男性もいるという。どこからツッコめばいいのか分からないほど滑稽な話だが、男性本人はいたって真剣なのだろう。
(pp.132-133.)

 やはり、醜悪だなあ。

 障がい者を包摂できない社会福祉の貧困が、性風俗や飲み屋界隈の隆盛につながってる、そんな一面もある。

 二つ目の理由は、知的障害だ。真理子さんには、これまでの生育環境や障害の影響もあって、時間や金銭の管理、そして感情のコントロールがなかなかうまくできないという悩みがある。自己肯定感も低いため、その場で権力を持っている人の命令、もしくは自分に好意を持ってくれる(ように見える)人からの依頼を受けると、操り人形のように容易に言いなりになってしまう。社会常識や自分の心身の健康よりも、目の前の相手に気に入られること、見捨てられないことを優先して発言・行動してしまう。
(pp.90-91.)

 病気や障害、生育環境や経済上の問題で頑張れない=自助努力ができないがゆえに地雷専門店にたどり着いた女性に求められるものは、結局自助努力しかないという残酷な現実がある。彼女たちを共助や公助から疎外し、自助努力もできないほどに壊れ果てた「地雷」へと追いやったのは、他の誰でもない、私たちの社会であるにもかかわらず、だ。
(p.135)

 あまりにもひどい性虐待等の被害を受け、そのトラウマに苦しめられて、さらに自傷的行為を続けてしまう人に対しては、厳しいことを言いながらも、見捨てずに、見守っていくことが必要なんだろうね。
 なぜなら、その人も、社会福祉の貧困の犠牲者、なのだから。

 「デブ・ブス・ババア」の「地雷」を売りにする、デリヘル店、「デッドボールドリーム」の「総監督」は、優れたソーシャルワークの実践家でもある。

 他店で不採用になり続けた女性、全く稼げなかった女性が、デッドボールで逆転満塁ホームランを放つ。言うなれば「デッドボールドリーム」だ。
 総監督は、あくまで「頑張っている女性を支援する」というスタンスを崩さない。「貧困女性のセーフティネットを担っている気はさらさらない。偉そうなことはしていない。きれいごとを言う気もない。ただ、彼女たちを助けたいという気持ちはある。長く働いてくれていたり、お店を好きになってくれる子に対しては、なんとかしたい。外見も、ヘアメイクさんとの会話の中でアドバイスを受けて、ちょっとずつでも改善していってほしい」
(p.131.)

 まとめよう。「デブ・ブス・ババア」を売りにする地雷専門店は、私が書評で批判した通り、その表面だけを見ると、極めて差別的・反社会的なビジネスに見える。しかしその実態は、限りなくソーシャルワークに近い風俗、もしくは限りなく風俗に近いソーシャルワークだった。つまり、問題を抱えた女性のニーズを、社会福祉制度上のフォーマルな手段で解決しようとするとソーシャルワークになり、セミフォーマル、あるいはインフォーマルな手段で解決しようとすると地雷専門店になる、というわけだ。両者は同じコインの裏表に過ぎない。
 容姿や年齢の面でハンディを抱えた女性が風俗の世界で稼ぐためには、男性性の持つ汚い部分=女性差別やミソジニー(女性嫌悪)、支配欲求や自己承認欲求、性感染症に対する無知・無理解などを逆手にとって利用しないと稼げない。
 ゆえに、女性を本当に稼がせようと考えるのであれば、地雷専門店という一見差別的・反社会的な形を取らざるを得なくなる。親身になって女性の立場に立てば立つほど、彼女たちの複雑なニーズに応えれば応えるほど、女性個人を貶める形、女性個人をリスクの矢面にさらす形を取らざるを得なくなる、というジレンマ。これを「デッドボールのジレンマ」と呼ぼう。
(p.136.)

 「熟女」専門のデリヘル、「おかあさん」グループを統括する後藤さんも、優れたソーシャルワークの担い手だ。

 性感染症のリスクを気にする男性客や女性のために、業界では異例の粘膜接触の無い「安心コース(プレイ中のコンドーム完全着用+ディープキス無し)」を用意している。店舗を通して性感染症の検査を受けた男性客には、検査日から三ヵ月間利用料金を割引するという徹底ぶりだ。女性をトラブルから守るため、出勤する女性にGPS付き警報ボタンを持たせるという安全策も講じている。
(p.154.)

 僕はあと三年で五〇歳なので、それまでは全国に『おかあさん』を作る。その後は熟女ができる仕事を作りたい。『おかあさん』でうまく行かない子のために、熟女バーや独身者・高齢者向けの手作り食堂、ホームヘルパーなど、旦那に言える職場を作りたい。理容師免許を持っている人が多いので、熟女の散髪屋もいいですね。
(p.183.)

 口先ではなく、自らの行為をもって、ケアし続けること、そして、その先に、新たなソーシャルワークの実践の場が生まれるとすれば、それは、とても素敵なことだ。

 風俗の世界の課題を解決するためには、夜の世界に生きる当事者たちの言葉やニーズを昼の世界の非当事者たちに伝わる形に翻訳して発信するスキルだけでなく、昼の世界の社会福祉制度、支援のスキルやノウハウを、夜の世界の当事者たちに伝わる形に加工して届けるスキルを併せ持った、「夜の世界のソーシャルワーカー」が必要になる。
(pp.234-235.)

 ほんそれ、いまもっとも必要とされているのは、「夜の世界のソーシャルワーカー」だ。
 その担い手を、一人でも増やしていくこと、それが、わたしたちのいちばん大事な使命なのだ、と思う。

「性風俗が最後のセーフティネットであってはならない、という意識は、風俗に対する差別意識の表れではないかと思う一方で、風俗を自発的に選び、そこから卒業していける女性は風俗業以外でもやっていく力がある人たちである。そのような力を持っていない女性たちに何ができるかを考えていきたい」(四〇代女性・弁護士)
(pp.245-246.)

 わたしも、「そのような力を持っていない女性たちに何ができるか」を考え続けているし、そのときそのときで、最善と思われることを実践していきたい、そう思っている。

わずか数千円で遊べる激安店、妊婦や母乳を売りにする店、四〇から五〇代の熟女をそろえた店など、店舗型風俗が衰退して以降、風俗はより生々しく、過激な世界へとシフトしている。さらに参入するハードルが下がり、多くの女性が働けるようになった反面、大半の現場では、必ずしも高収入にはならない仕事になっているのが実態だ。それでは、これから風俗はどこへ向かっていくのだろうか。様々な現場での取材・分析を通して、表面的なルポルタージュを超えて、風俗に画期的な意味を見出した一冊。

目次
第1章 地方都市における、ある障害者のデリヘル起業体験記
第2章 妊婦・母乳専門店は「魔法の職場」
第3章 「風俗の墓場」激安店が成り立つカラクリ
第4章 「地雷専門店」という仮面
第5章 熟女の・熟女による・熟女のためのお店とは?
第6章 ドキュメント 待機部屋での生活相談
終章 つながる風俗


ランキングに参加中。クリックして応援お願いします!

名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

※ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「本」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事