舞台は太宰府。モデルとなった精神科病院は太宰府病院。入院患者たちが遠足で出かけたのは四王寺山だ。
前置きされ、あるいはストーリー展開の途中で挿入される入院患者の人物群像が印象的だ。作者の精神病患者を見るまなざしはあたたかくもあるが、とりたてて純化しているわけでもない。ましてや哀れんでもいない。ただ淡々と個々の人となり、人生とできごとが語られていく。
じんとこころにしみいる名作だ。
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著者は、テレビ局勤務ののち、九州大学医学部で学び、現在も現役の精神科医という異色の経歴を持った作家である。1979年のデビュー後、さまざまなジャンルで小説を発表し、1992年に日韓史の深部を描いた『三たびの海峡』で吉川英治文学新人賞を受賞。1995年に精神科医という自らの職業に深い関わりを持つ本書で山本周五郎賞を受賞した。
九州地方のとある精神病棟。患者たちは、それぞれに退院できない理由を抱えながらも、互いに助け合い、日々の瑣末な出来事に希望を見出しながら、明るく暮らそうとしていた。しかし、皆で回復をあたたかく見守ってきた通院患者の女学生に起きたある事件が、やがては殺人に発展してしまう。殺人を犯した者、それを知っていた者、彼らが守ろうとしたものは何だったのだろうか。
物語に挟みこまれる登場人物の過去のエピソードによって、入院患者たちは過酷な体験によって傷つき、日常生活が困難になった心弱き者たちであり、それぞれに複雑な人生を背負っていることがわかる。すべての登場人物に余計な感情を差し挟まない抑制の効いた文体の中から、時折、生きることに不器用な者たちへの著者の優しいまなざしが垣間見える。彼らが人生をかけて守ろうとした「何か」が明らかになるラストでは、厚い雲の間からさしこむ一条の光のような希望を見出せるはずだ。(取理 望)
とある精神科病棟。重い過去を引きずり、家族や世間から疎まれ遠ざけられながらも、明るく生きようとする患者たち。その日常を破ったのは、ある殺人事件だった…。彼を犯行へと駆り立てたものは何か?その理由を知る者たちは―。現役精神科医の作者が、病院の内部を患者の視点から描く。淡々としつつ優しさに溢れる語り口、感涙を誘う結末が絶賛を浴びた。山本周五郎賞受賞作。
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