SWASH編,2018,セックスワーク・スタディーズ──当事者視点で考える性と労働,日本評論社.(2.18.24)
SWASH(Sex Work And Sexual Health)は、性風俗などで働くセックスワーカーが、「仕事をやっている限りは健康かつ安全に、また、辞めたい時にも健康かつ安全に辞められる」環境をつくるべく、さまざまな活動を展開する、現役/元セックスワーカーとそのサポーターにより構成される団体だ。
セックスワーカー、、、風俗嬢、デリヘル嬢、箱ヘル嬢、ソープランド嬢、、、こういった呼称と比べて、なんと、誇り高き響きをもつ呼び名であろうか。
もっとも、海外では、セックスワーカーは、けっこう前から、ソーシャルワークの一重要対象として、捉えられきた。
世界有数のセックス産業大国である日本、その社会福祉学界で、セックスワークの問題が等閑視されてきたこと、、、これは、社会福祉学界自体が、気色の悪いホモソーシャルなつながりを形成、維持する、男たちによって占有されてきたこと、そのことを露呈させている、と言ったら、言い過ぎであろうか。
セックスワーク論の射程は、売春だけでなく、婚姻制度の欺瞞を暴露する、そんな広がりをもつ。
「セックスワークは暴力の装置」と言う人に聞きたいのは、「婚姻は暴力の装置」とは言わないのかということです。
(岡田実穂、p.185.)
奴隷や人身売買や結婚というシステムに含まれる売春と、仕事としての売春をはっきり区別しようという、働く側の意識から生まれた言葉が『セックスワーク』だと考えている。
(ブブ・ド・ラ・マドレーヌ、p.22.)
さて、「仕事としての売春」を生業とし、個人事業主として、確定申告を行い、納税者として、社会保障のコスト負担者としての責務を果たしてもいる女性と、好きでもない、愛してもいない夫に、性奴隷として奉仕し、その見返りに生計をまるごと依存し、もちろん、納税も社会保険料負担も免除されている、既婚のバカ女と、どちらが尊い存在であろうか?
セックスワーカーを、「自分自身の行為・外見・イメージなどを、他人の性的欲望の対象として売ることを仕事としている人」(同上、p.23.)と広義で捉えるとすれば、勘違い客に疑似恋愛の幻想を振りまくことで収益をあげる、クラブ、ラウンジ、キャバクラ等のホステスも、含まれることになろう。
とすると、ダブルワークかアルバイトで働く者も含めれば、セックスワークにたずさわる女性は、膨大な数にのぼることになる。
カネを払わなければ女と関係をもつことができない、実質、インセルでしかありえない男が、カネの力で自らに下駄を履かせ、そしてそのことを恥もなく忘れ去り、女と恋愛し、相思相愛でセックスしている気になる、、、究極のバカとしか言いようがない。
その連中のなかには、企業のトップを務めている者もいる。
企業経営者層も含め、一部の男に、圧倒的に富が偏在していて、その者たちが、そのカネで「女を買う」システムをつくり、維持する、そのために、介護、販売、事務、製造、美容等、あるいは、非正規の、女性が多数を占める仕事には、極めて低水準の賃金しか支払われない構造をつくり、維持する。
そうした、歪んだ性差別を基底にしたエコシステムのうえに、セックスワークが存在するのであろう。これは、極めて重要な視点だ。
セックスワークの議論の際に、「私はそういう仕事はできません」と言い出す人たちがいます。だから何?それは個人の事情でしかなく、法にはなり得ない。とりわけ性の領域ではこういう人たちが出てきます。
(松沢呉一、p.106-107.)
「個人の事情」でしかセックスワークを捉えられないバカ女に、セックスワーカーに説教をしだすバカおやじ、こういうクズが少なくないからこそ、セックスワーカーが、それなりの尊厳を保ちながら、安全に働けるための、普遍的なルールが必要なのである。
セックスワークを、「それなりの尊厳」がある「仕事」として捉えられない方は、原田和広さんの『実存的貧困とはなにか──ポストモダン社会における「新しい貧困」』を、ぜひ、ご参照いただきたい。
以下は、同文献からの引用である。
「(前略)私、カラダ売るしか能がないとか言われると、すごくイラッとする。援デリでやってた時も、私キモい客とかでも絶対に手ぇ抜かなかったよ。鈴木さん、ウリやってる女がセックスで感じてないって思ってるでしょ?」
「苦痛に思うこともあると思ってる」
「だからさ、それが差別なんだよ。ウリのセックスだって、感じんだよ。ていうか、客が満足するためだったら、自分が感じてなきゃ駄目じゃん?それでビッチって言われても、私は全然気になんない。むしろ本当に馬鹿でなんの仕事もできない子だって、セックスだったら客のこと満足させられるって分かったら、それって誇りに思っちゃ駄目なの?今の店は本番NGだけど、そのこと私、物足りなくなく思ってるからさ」
里奈さん(19歳)
(pp.408-409.,鈴木大介.2010,援デリの少女たち,宝島社.pp.211-212.)
生きがい・・・えー、でも、一番はお金とかでもなくて、なんか・・・自分を・・・風俗だったら自分を呼んでくれて、自分に会いたいと思ってくれている人がいるっていうのとか、必要とされてるとか、会いたいと思ってくれるとか‥。
A7さん
(p.441.)
ホネットの承認論で言えば、客とのやりとりからは、たとえ疑似的であったとしても愛の領域の「承認」を、そして、新自由主義における努力の対価である獲得した金銭からは、不十分であっても連帯の領域の「承認」を得ることができるだろう。セックスワーカーとしてきちんと確定申告を行い、納税している人間は、法の領域の「承認」さえ、手に入れることができるのである。(中略)その場所を「不浄」であるとにべもなく切り捨てるならば、そこに救いを感じている女性達の尊厳を著しく傷付ける可能性がある。
(p.446.)
大森みゆきさんの『私は障害者向けのデリヘル嬢』や、河合香織さんの『セックスボランティア』も参考になるだろう。
「障がい者」のなかには、インセルも含めて、考えたら良いのではないか。
インセルには、テックによるVR空間での疑似性愛充足プラットフォームを実装して、ムーンショット、すなわち、地球で、フェミサイド、ミソジニー、性加害等に「闇堕ち」しないよう、いっそ月に飛んでもらって、予防措置を講じるとともに、身の安全と健康を保障されたセックスワーカーが、疑似恋愛を演出して、その手当てにあたれば良い。
ただし、わたしは、女性に、セックスワークを推奨するものではないので、念のため。
むしろ、できれば止めておくように言うことの方が多いだろう。
とてもではないが、セックスワーカーの安全、健康、尊厳、人権が尊重されているとは言えないこの日本で、その仕事に就く、続けるリスクは、大きすぎる。
女性を、「ビッチ」と「聖母」に二分し、それを都合良く利用することで、自らの幼稚で手前勝手な欲望を充足する、そんな家父長制に甘やかされた男が、セックスワークを周縁化、スティグマ化し、危険で苦痛に充ちたものにしてきた。その男のなかには、もちろん、裁判官もいる、
モデル・コンパニオンの女性がディスコで知り合った男性に強姦された事件について、1994年12月16日、東京地裁が被告人無罪を言い渡した裁判において、、、
「一般人から見ればかなり派手な経歴の持ち主」「告訴をするか迷っていたという時期に、自宅を訪れた交際中の男性がアダルトビデオを見るのを咎めずに許容した上、自らも観賞しているかもしれない」「法廷での証言においては概ね上品な言葉遣いや態度に終始していたが時折馬脚を現す言葉遣いをしており・・・」「慎重で貞操観念があるという人物像は似つかわしくない」
(岡田、pp.195-196.)
はあ、、、ヤバない?
買春、売春の、どちらかを、あるいは両方ともに犯罪とみなし、罰するか、これについては、世界各国の対応はさまざま、である。
スコットランドに本拠をおく、世界最大のセックスワーカー当事者によるNGO、NSWP(The Global Network of Sex Work Projects)のGlobal Mapping of Sex Work Laws、これがたいへん参考になる。(第6章を参照のこと。)
買春、売春を「非犯罪」化し、セックスワークを明確な「仕事」として認めた国に、ニュージーランドがある。オーストラリア北東部も同様の状況にある。
そこには、セックスワークを、スティグマ化せず、むしろそれなりに尊厳ある仕事として公認し、白日の下に曝して、セックスワーカーの安全と健康、尊厳を守らんとする強力な意思がうかがわれる。
なるほど、ソーシャルワークの教科書に、セックスワーカーの章があり、活発な調査研究やワーカーの安全、健康、人権を守るための活動がさかんであるだけのことは、ある。
本書の寄稿者には、元セックスワーカーで、現在は現役セックスワーカーへの、安全、健康、そして尊厳を守るための啓発、相談援助活動を行っている者が、数多く、名を連ねている。
現役時代に味わった受苦経験をバネに、現在の受苦者たちへ込めた心情が、とても温かく感じた。
文句なしにお薦めしたい作品だ。
性(Sex)と労働(Work)をめぐって現場で蓄積されてきた知をもとに、セックスワーク研究を切り開くはじまりの一冊。
目次
はじめに
第0章 セックスワークという言葉を獲得するまで
1990年代当事者活動のスケッチ/ブブ・ド・ラ・マドレーヌ
第1部 社会の中のセックスワーク
第1章 誰が問いを立てるのか
―セックスワーク問題のリテラシー
要友紀子
第2章 セックスワーカーとは誰のことか
社会の想定からこぼれるワーカーたち
宇佐美翔子
第3章 なぜ「性」は語りにくいのか
近代の成り立ちとセックスワーク
山田創平
第4章 法規制は誰のためにあるのか
セックスワークをめぐる法の歴史と現在
松沢呉一
コラム トランスジェンダーとセックスワーク
畑野とまと
第2部 セックスワーカーの権利を守るには
第5章 性の健康と権利とは何か
権利主体としてのセックスワーカー
東優子
第6章 セックスワーカーへの暴力をどう防ぐか
各国の法体系と当事者中心のアプローチ
青山薫
第7章 どうすれば安全に働けるか
セックスワーカーの労働相談と犯罪被害
要友紀子
コラム ウリ専経営者から見える業界の今とこれから
篠原久作
第3部 セックスワーカーとの関わりかた
第8章 合意とは何か―性が暴力となるとき岡田実穂
第9章 当事者とどう向きあうか
セックスワーカーと表現
げいまきまき
第10章 セックスワーカーにどう伴走するか
当事者による経験の意味づけ
宮田りりぃ
コラム 児童自立支援施設からの報告
あかたちかこ
付録
用語集
日本の性風俗年表
日本の性風俗産業の構成
SWASH WEB資料案内
おわりに