この大仰な言辞を弄した文体と、一方的な被害者への思い入れは爆笑必至だ。
なんのことはない、被害者はたんなる依存症のなれの果てだろう。わたしの同業者の知人にも、父親の死をきっかけにアルコール依存症に陥り早死にした者がいたが、重症の依存症者であれば、昼は東電社員、夜は立ちんぼの売春に身をやつしていたとしても不思議でもなんでもない。それを「心の闇」だの、「堕落」だの、「黒いヒロイン」だの笑止千万だろう。家族や同僚、上司は精神科クリニックの受診をなぜ勧めなかったのか、むしろそのことの方が不思議でならない。
とはいえ、この事件の最も重要な取材記録としての資料的価値は大きい。この真相に迫ろうとする執念はすさまじい。
目次
第1部 堕落への道
迷宮
幻聴 ほか
第2部 ネパール横断
山嶺
公判 ほか
第3部 法廷の闇
目撃
実検 ほか
第4部 黒いヒロイン
求刑
結審 ほか
1997年3月8日深夜、渋谷区円山町で、女性が何者かによって絞殺された。被害者渡辺泰子が、昼間は東電のエリートOL、夜は娼婦という2つの顔を持っていたことがわかると、マスコミは取材に奔走した。逮捕されたのは、ネパール人のゴビンダ・プラサド・マイナリ。娼婦としての彼女が、最後に性交渉した「客」であった。
本書は、事件の発端から一審判決に至るまでの一部始終を追ったものである。その3年もの間、著者は、事件にかかわりのある土地に足繁く通い、さまざまな証言を集めた。事件現場となった円山町は言うにおよばず、ゴビンダの冤罪を晴らすべく、はるかネパールにまで取材に行った。立ちはだかる悪路難路を越えて、彼の家族友人から無罪の証言を得ようとする著者の姿には、執念を感じてしまう。
ネパール行脚が終わると、裁判の模様が延々と書かれている。ゴビンダを犯人と決めつけている警察の捜査ひとつひとつに、著者はしつこく反論していく。このくだり、読み手は食傷気味になるかもしれない。だがその執念も、ともすればステロタイプにくくられがちな「エリート女性の心の闇」に一歩でも迫りたいという一念からきたのだろう。著者は、確信犯的に堕落していった渡辺泰子に対して、坂口安吾の『堕落論』まで引用して、「聖性」を認めている。その墜ちきった姿に感動している。この本は、彼女への畏敬と鎮魂のメッセージなのである。
(文月 達)
コメント一覧
naoko.s
と
naoko.s
と
と
naoko.s
naoko.s
と
naoko.s
最新の画像もっと見る
最近の「本」カテゴリーもっと見る
最近の記事
カテゴリー
バックナンバー
人気記事