竹信三恵子,2023,女性不況サバイバル,岩波書店.(2.28.24)
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著者の竹信さんは、元新聞記者で、『ルポ 雇用劣化不況』、『ルポ 賃金差別』、『これを知らずに働けますか?──学生と考える、労働問題ソボクな疑問30』、『正社員消滅』、これらの著作があり、自治体の一般行政部門で4割を超える非正規公務員を、「官製ワーキングプア」と呼んだ、その人でもある。
コロナ禍は、女性が多数を占める職種──介護、保育、販売、旅行、航空乗務、宿泊、飲食、接待飲食業等を直撃した。
コロナ不況が、シーセッション(Shecession)=女性不況(p.5.)、と呼ばれた所以である。
また、女性就業者の半数以上が、非正規──とくにパートタイム=時給労働者であり、労働時間の減少、消滅は、そのまま、稼得所得の減少、消滅を意味する。
2008-2009年のリーマンショック時は、男性の製造業派遣労働者、その失職と住居喪失が大きな問題となったが、コロナ禍においては、サービス業に従事する、非正規の女性労働者の生活困窮が深刻化した。
「若い時は親に従い、盛りにしては夫に従い、老いては子に従う」──これは、家父長制社会において、女性に説かれた、中国の「礼記」や仏典に由来する三従の教えであるが、江戸時代に通俗道徳として、そして、明治期に良妻賢母教育の柱として定着したこの教えは、現代においても、グロテスクな「隠れた家父長制」のイデオロギーとして、生き続けている。
例えば、学生は、「親の扶養があるアルバイト」に従事し、既婚の女性シフト労働者は、「夫の扶養があるパート」として働く。
既婚女性の多くが、「シャドウワーク」としての家事・育児・介護労働と賃金労働の「ダブルシフト」に耐えきれず、あるいは、怖れをなし、非正規、とくにパートタイムの労働者になっていく。
そして、
(前略)「自治体の非正規公務員の四分の三は女性だ。民間の非正規も七割が女性だ。「公も民も、女性の多くは回転寿司なんですね」とサトコは言う。
(p.115.)
こうなる。
既婚女性は、「夫セーフティーネット」に依存し、「家計補助」のパートでもしてろ、未婚の女性は相手が好きでもなくとも結婚、という「長期専属奴隷契約」を結べ、そうしたくなければ、セックスワーカーとして、あるいは、接待飲食従事者として、男に奉仕しろ──結局、そういうことだろ?
(前略)大きな災害のたびに、支援金が女性個人に届かないという事態が形を変えて繰り返されました。(中略)
このようなあり方について、第4章でDV被害者の支援者として登場した吉祥眞佐緒は二〇二一年七月の「女性による女性のための相談会」の報告会で、「コロナ禍を通じて知ったのは、日本の女性への政策は「生きないように、死なないように」ということだった」と述べています。重要な働き手であり、社会保障の担い手である女性がいなくなっては困るので「死なないように」対策は取るが、女性が自立した個人として暮らせるための根本的な転換には踏み込まない、というのです。
(p.224.)
雇用の非正規化は、被雇用労働者の個人事業主、フリーランス化にもおよんでいる。
企業は、雇用者としての、被雇用者の生活を守る責任から逃れるべく、社員を、「自由な」フリーランスとなるよう、勧めてきた。
ITエンジニア、WEBライター、WEBデザイナー、マーケター、バックオフィス業務、そしてクラブホステスに至るまで、「自由な」フリーランスの仕事領域は拡大し続ける。
しかし、フリーランスの労働者には、雇い止め(契約打ち切り)への規制、休業手当、
労災保険の休業補償、健康保険などの傷病手当金、雇用保険の失業給付、労働安全配慮義務、ハラスメント防止措置、未払い賃金立替払い、これらの法理が、ほとんど、あるいは、まったく、適用されない。
(p.100.)
しかし、本書で紹介されているとおり、セクハラを受け、賃金が未払いのままの、フリーランスの女性が、裁判において、業務請負元の企業に安全配慮義務違反があったことと、慰謝料と未払い報酬の支払いを認めさせてもいる。
裁判官の皆様には、フリーランスがいまだに十分には法的に守られていないために「フリーランスに対しては何をしても大丈夫だろう」と思っている人がいること、私も含めて、そんな人達に搾取され傷ついているフリーランスが大勢いること、立場が弱い人に対し、性的な行為を受け入れないことへの報復として報酬未払いなどの「経済的嫌がらせ」が行われる実態があることをご理解いただき、どうか公正な判決を書いていただきたいです。
(p.104.)
このようにして、経済的自立が難しい非正規の待遇を「家計補助」論が支え、非正規が労働者の五人に二人を占めることで、働き手全体の分配度が下がり、正社員も賃上げ要求がしにくくなったことで男性も巻き込む「賃下げ社会」が生まれ、それが消費不況を招いて経済を損なってきたわけですから、「家計補助論、おそるべし」です。
(中略)
「夫セーフティネット」論に背中を押された雇用の劣化は、コロナ禍の下で女性を脅かしましたが、その返す刀で、男性の困窮も生み出していました。
(中略)
これらが「夫セーフティネット」論、「家計補助」論を突破口に始まったことは先に述べた通りですが、それは返す刀で「男性は女性を扶養すべきだ」という規範となって、男性に重圧を与えます。とりわけ、経済成長が鈍って、妻や子を養える賃金水準を確保できる層が細りつつあるなかでは、そうした男性の苦痛は倍加していくことになります。
(pp.234-235.)
社会保障に対する公的資金を極力、抑制しながら女性を労働力として利用するためには、①女性が無償で家庭内の育児や介護や家事労働を引き受けて働く(=パート労働者化)か、②自力でケアサービスを購入して働けるようケア労働者を低待遇にとどめる(=ケア労働の低賃金化)かのどちらかが必要です。日本では、「ケアは女性がタダで引き受けるもの、男性はそのために経済力を失った女性を扶養するもの」(つまり、国はケアに責任を持たない)という秩序意識を自国男女に刷り込むことで、それを達成しようとしてきた、ということです。
ただ、経済的自立ができないために女性たちが死んでしまったり、生活があまりに過酷で反旗を翻されたりすると、システムの命綱である無償労働力の担い手が不足してしまいます。「生きないように、死なないように」がそこに登場します。
(p.226.)
コロナ禍において、特別定額給付金というのがあったが、これにも、「隠れた家父長制」の弊害が生じていた。
「受給権者は世帯主」、、、他の給付金と同様、例えば、DVから逃れた女性と子どもが、「世帯主」である暴力夫に給付金を搾取されてしまう、という問題である。
「世帯主」ってなに?
家人も含めて、夫を「主人」と呼ぶ(気色悪いからやめてくれ!)女いるけど、おまえ、だれだよ?奴隷か?
戸籍制度のみならず、婚姻制度も大問題だな。
コロナ禍は、「ケアする性」を直撃した―。世界各地で「女性不況」と課題視されたにもかかわらず、なぜ日本の女性たちの雇用危機は無いことにされ、放置されてきたのか。社会に埋め込まれた「不可視化と沈黙」を生み出す六つの仕掛けを丹念に浮き彫りにし、女性たちの懸命の模索をたどる。
目次
序章 「女性発」の見えない脅威
第1章 「夫セーフティネット」という仕掛け
第2章 「ケアの軽視」という仕掛け
第3章 「自由な働き方」という仕掛け
第4章 「労働移動」という仕掛け
第5章 「世帯主主義」という仕掛け
第6章 「強制帰国」という仕掛け
第7章 新しい女性労働運動の静かな高揚
終章 「沈黙の雇用危機」との闘い方