斎藤幸平・松本卓也・白井聡・松村圭一郎・岸本聡子・木村あや・藤原辰史,2023,コモンの「自治」論,集英社.(4.24.24)
自治とは、わたしたちの生存と生活の基盤─水、食料、エネルギー、土地、住居、道路、公園、公共交通、図書館、教育、医療、介護、相談援助、大気、土壌、河川、海洋等、すなわちコモンズを、わたしたちの合意された意思で自主管理していくことである。
上記の生存と生活の基盤は、かつて、宇沢弘文先生が「社会的共通資本」(Social Overhead Capital)と名付けたものにほかならない。
社会的共通資本は、自然財(大気・土壌、森林・河川・海洋等と人工的自然としての農地・山林・漁場)と社会財(交通、上下水道、エネルギー、情報供給のインフラ、教育、医療、福祉サービス)に分類できるが、これまで、両財ともに、社会化、商品化、市場化の波にのまれていった。
とくに、社会的共通資本の商品化、市場化は、緊縮財政のもとでの公営事業の民営化というかたちで、1980年代以降のネオリベラリズムの席巻とともに進行した事態であった。
その結果、わたしたちは、労働で金銭を稼いで、社会的共通資本の便益を買うたんなる消費者──コモンズの自主管理から疎外された存在に成り下がってしまった。
斎藤幸平さんが一貫して問題視し続けてきた気候変動も、地球環境というコモンズが、無限の交換価値の増殖──収益の極大化をはかる資本により破壊された──わたしたちが地球環境というコモンズを自主管理できなかったことに起因する。
斎藤さんは、第7章 「「自治」の力を耕す、〈コモン〉の現場」のなかで、わたしたちが、社会の「構想」から疎外され、分断され孤立した労働者や消費者として、お仕着せの構想を「実行」するだけの無力な存在になったことを指摘している。
「構想と実行の分離」は、ハリー・ブレイヴァマンが、20世紀初頭に確立した「フォーディズム」──工業製品の大量生産・大量消費のシステムにおいて、技術開発や経営を担う「構想」部門と、構想にもとづく職務命令に従うだけの「実行」部門に分離し、「実行」を担う労働者に厳しい課業管理がなされた(テイラー主義)事態を指摘したものである。
「構想」は頭脳、「実行」は手足が担うところから、わたしたちは、頭脳なき手足、すなわち資本と権力に隷従するだけの無力な存在になってしまった。
自治の回復とは、わたしたちが、「頭脳なき手足」であることから脱し、自己と他者のコモンズを、わたしたちの意思により自主管理していくことにほかならない。
本書で検討されているコモンズは、大学教育、街場の個人商店、地方自治体、市民科学、精神医療、農業、以上である。
コモンズをわたしたちの手中に取り戻す実践が、結果的に、緊縮財政を下支えしてしまったり、自己責任の論理を強化してしまう危険性についても、正しく指摘されている。
ここで述べてきたような新自由主義とのジレンマは、市民科学に限られるものではなく、自治的な運動や取り組み一般にも言えることかもしれません。というのも、自治的な運動には行政や自治体ではカバーできないような社会問題を、自分たちで解決していこうという側面が強くあるからです。ところが、自分たちの問題を自分たちで解決したり運営したりする運動が、結果的に公的な制度の不足を補完する役割を押しつけられるだけになってしまう。あるいは、自己責任の論理に回収されてしまう。市民科学もまた、その例外ではありません。
(p.136、第4章 武器としての市民科学を 木村あや)
本書を機に、「失われた30年」とともに忘却されてきた、コモンズをめぐる自治の課題についての議論が活性化することを願う。
【『人新世の「資本論」』、次なる実践へ!斎藤幸平、渾身のプロジェクト】
戦争、インフレ、気候危機。資本主義がもたらした環境危機や貧困格差で、「人新世」の複合危機が始まった。
国々も人々も生存をかけて過剰に競争をし、そのせいでさらに分断が拡がっている。
崖っぷちの資本主義と民主主義。
この危機を乗り越えるには、破壊された「コモン」(共有財・公共財)を再生し、その管理に市民が参画していくなかで、「自治」の力を育てていくしかない。
『人新世の「資本論」』の斎藤幸平をはじめ、時代を背負う気鋭の論客や実務家が集結。
危機のさなかに、未来を拓く実践の書。
目次
はじめに
今、なぜ〈コモン〉の「自治」なのか? 斎藤幸平
第1章 大学における「自治」の危機 白井聡
第2章 資本主義で「自治」は可能か?
──店がともに生きる拠点になる 松村圭一郎
第3章 〈コモン〉と〈ケア〉のミュニシパリズムへ 岸本聡子
第4章 武器としての市民科学を 木村あや
第5章 精神医療とその周辺から「自治」を考える 松本卓也
第6章 食と農から始まる「自治」
──権藤成卿自治論の批判の先に 藤原辰史
第7章 「自治」の力を耕す、〈コモン〉の現場 斎藤幸平
おわりに
どろくさく、面倒で、ややこしい「自治」のために 松本卓也