近世農村に生きた人々の生活を再現すべく、歴史資料を丹念に読み込み、数々の通説をくつがえしてくれるたいへんな労作。
なにより印象深いのが、身上をつぶし困窮した農民には、村落が、家族・親族間、次いで五人組内での扶養、扶助をもとめ、また村落として扶助する以前に「乞食」として生きることを強い、村落で扶助するにあたっては扶助される者に恥辱を与え生活を監視することまで行っていた、以上の点である。
「直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養をする義務がある」とする民法877条の存在や、生活困窮者の生存権保障を支持せず、生活保護受給者を侮蔑し、受給者の私生活を監視することさえよしとする国民世論が、なにに由来するものなのか、目を開かされた思いだ。
「(前略)「不実/我侭」な村人の救済度合いを低く見積もった一八〇〇年の大和国山之坊村の姿勢と、水際作戦で生活保護申請を認めず、結果として四〇代の姉妹二人を餓死させた二〇一〇~一二年の札幌市白石区福祉事務所の態度とは、異質なものではなく、同じ土俵上にある同質の問題だといえよう。」(p.289)
木下さんは、現代の貧困問題と、生活困窮者を自己責任として切り捨てる風潮に激しい怒りを抱いている。その思いが、このような堅実な実証研究に結実しているのは、文句なしに素晴らしいことだ。
江戸時代の農村は本当に貧しかったのか。奈良田原村に残る片岡家文書、その中に近世農村の家計をきわめて詳細にしるした記録が存在する。本書ではその世界史的にも貴重なデータを初めて精緻に分析し公開。そこから導かれる数々の発見は、これまでの近世観を根底から覆し、世界水準の研究とも連携した歴史学の新たな出発ともなるだろう。なぜ日本人は貧困についてかくも冷淡で、自己責任をよしとするのか。日本史像の刷新を試み、現代の問題意識に貫かれた渾身の歴史学。
目次
第1部 世帯経営から見つめる貧困
村の「貧困」「貧農」と近世日本史研究
一九世紀初頭の村民世帯収支
家計から迫る貧困
生き抜く術と敗者復活の道
第2部 貧困への向き合い方
せめぎ合う社会救済と自己責任
操作される難渋人、忌避される施行
公権力と生活保障
個の救済と制限主義
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