井上荒野,2012,夜をぶっとばせ,朝日新聞出版.(11.7.24)
いじめにあっている長男、シメジしか食べなくなってしまった娘、そしてろくに働かない夫。ある日、メル友募集の掲示板に書き込みをしたことで、35歳の主婦・たまきの人生は転がりはじめる……直木賞作家が掬いあげるように描く、不穏で明るい家族の姿。
どうしたら夫と結婚せずにすんだのだろう。「思い切ったこと」がしたくなったある夜、ネットの掲示板に書き込んだことで、たまきの日々は「何かが決定的に」変わりはじめる―直木賞作家が掬いとる、あかるく不穏な恋愛小説。
夫、雅彦から連日レイプされるたまき。
たまきは、入手したパソコンを利用し、出会い系サイトで男を漁る。
表題作に、後日譚、「チャカチョンバへの道」が付く。
ここでは、雅彦の視点から、たまきと、たまきの親友にして恋人の瑤子が語られる。
たまきにしてみれば、雅彦はろくでもないDV男だが、雅彦にはDV加害の自覚はなく、後日譚では、むしろ繊細で優しい男として描かれている。
けっして交わることのない女と男の視線が印象的な作品だ。
井上荒野,2023,僕の女を探しているんだ,新潮社.(11.7.24)
愛って何なのかな? 自分の幸せ以上に相手の幸せを願うことかな――。大丈夫、会いたいと強く願えば、きっと会える――。黒いコートを着た背の高い彼は、大事な人を探しにここへ来ていた。海辺で、ピアノのそばで、病院で、列車の中で、湖のほとりで、彼は私たちをそっと守り、救ってくれた。大ヒットドラマ「愛の不時着」に心奪われた著者による熱いオマージュの込められたラブストーリー9篇。
絶世の美男子、「リ・ジョンヒョク」との関わりをとおして、大切な人との関係を修復、回復していく人々の物語9篇。
井上作品にしては珍しく、人間の卑小さ、醜悪さを描くことなく、他者との関係をとおして自らを回復していく人間の力強さを読む者に印象づける作品だ。
井上荒野,2024,だめになった僕,小学館.(11.7.24)
綾「私は初めて会った16年前から涼さんを愛し続けている」。涼「僕にかかわった者は、みんな死んでしまう。女も男も。僕が綾を愛しすぎているせいで」――
音村綾(旧姓・上里)は30代半ば。現在は信州でペンション経営兼漫画家として活躍。夫・子ども・母と四人で暮している。
祥川涼。画家。40代後半。妻を失い、その後同棲していた女性とも別れ、現在は酒浸りの日々を送っている。
冒頭の「現在」では、綾のコミック発売記念サイン会のシーンの衝撃的事件から始まり、「1年前」「4年前」「8年前」「10年前」「12年前」「14年前」、そして二人が出会った「16年前」へと時をさかのぼり「現在」に戻る。謎とサスペンス、そしてストーカー小説の雰囲気も交えた〈究極の恋愛小説〉である。
大人の鑑賞に耐えうる恋愛小説は、井上さんのおはこである。
好きあった男女のすれ違いと、その果ての悲劇と和解、これが本作品のテーマである。
やるせなさと切なさが、順を追って過去にさかのぼる展開とともにつのっていく、そんな作品だ。