普段なら、皆一様に寝静まっているだろう、晴天の昼間のこと。
とある町の外れに、古ぼけた、傍目から見れば、辛うじて雨風を凌げるだろうか、というような、日本家屋風の建物があった。廃墟、と呼んでも差し支えは無いだろう。
そんな館が、こんな陽気に、こうも騒がしいのは、元はと言えば、「館の主」が口にした、突拍子もない計画が要因であった。
「突然ですが、明日から旅行に行ってきます。……みんな、行く?」
それは、提案と言うよりも、確認という方が正しかっただろう。何故なら、彼らの中には、旅行先が自身の故郷という者も居る。そもそも、この館の主権者が、これから行く地方の出身なのである。結果は問いかけよりも以前から、明白なものであった。
と、このように記すと、絶対的な主権者による専制的な体制がとられている、と解されるかもしれない。しかし実際には、それは否である。何せ彼らは、元々好奇心と遊び心……いいや、悪戯心と言うべきか……兎も角、そのような意思の塊のような面々である。しかも、彼らには旅に必要な物など、自らの身体の他には無い。急な提案にも関わらず、異を唱える者が皆無であったのは、そのためである。
ところで、この主権者というのが、中々の曲者なのである。仮にも他称として「神」とされ、崇められ、また恐れられているのがこの生物である。明らかにこの廃屋には入りきらないであろうという、巨大な身体でとぐろを巻きながら、自身の寝床に鎮座している。専制を強いても不思議では無い存在であるにも関わらず、彼はそういう無粋なことはしない。むしろ今現在の彼は、大きな身体の上で赤い単眼を光らせる「死神」に、何やら説教をされているようだ。
『何をしているのです、ギラティナ様。今何時だとお思いです。このままですと、あの方の時間に間に合いません。早く起きてください。いえ、何でも良いのでもう起きなさい』
……完全にお母さんである。どうやら、時間ギリギリになっても動こうとしない神様を、勇敢にも嗜めているらしい。それに対する我らが反転世界の神のお応えがこちらである。
『……まだ大丈夫だよ。あと五分も残ってる。俺から見た五分なんて、一日でもまだ納まらないくらいの時間だよ?ということで、二秒前くらいにまた起こして。よろしく頼んだ』
……完全にグータラ息子である。流石は神と他称される者、その言い訳のスケールも神仕様である。神の相手をするのも難儀なものである。何、二秒前って。
『貴方様が良くても、我々は良くないのです。ましてやあの方にとっては尚更。ニンゲンにとっての五分前というのは、刹那の時と等しいでしょう。その時間を耐えるということは、精神衛生上よろしくない。それに、残るは貴方様だけ。他の者は、とっくに支度が出来ているのですよ』
『だから、俺は大丈夫だって。間に合うって。アイツもわかっているハズだ。何せ、この俺が仕えているヤツなんだぜ?そのアイツが、俺を起こしに来ないんだ。俺が信用ならずとも、アイツは信用出来るだろ?』
『そういう問題ではないのですよ、まったく……。もし遅れたりしたら、置いていきますからね』
『そうそう、物わかりの良いヤツは好きだぜ』
『序でに時の神や空間の神にも打診しておきます』
『おいお前、何してる、早く出発するぞ。グズグズしてんなよ!』
『そうそう、その調子ですよ。早いところ、向かいましょうか』
『というかお前、よくアイツらと接触出来んな!抜け目無さすぎだろ!』
『……ふふっ……』
『怖!悪魔か貴様!』
『死神、ですかねぇ。貴方様の前でそう称するのは、いささか不遜ですけれどね』
はたして、どちらが神なのか。というか、もう神とは何なのか。
これでも一応スゴいお方なのですけれどねぇ……ええ、それはもう、筆舌しがたいくらいスゴいお方で……この世の安定を保ち、またこの世界を見守る役目を負うくらいには……
兎も角、そのようなやり取りを経て、廃屋の住人達は、ニンゲンに付き添い旅行へと旅立った。向かうは北方の地。ニンゲンの世界では、「ホウエン地方」と称される、広大な地方へと、飛び立ったのである。
残された廃屋は、やがてその姿を消した。いや、廃屋のみならず、その建物が立ち尽くしていた場所そのものが、霧のように消えてしまった。住人達の安否を気遣い、見送るように。彼らの居場所を守るかのように。彼らが廃屋を視認出来ない距離まで離れて行った、そのあとで。
とある町の外れに、古ぼけた、傍目から見れば、辛うじて雨風を凌げるだろうか、というような、日本家屋風の建物があった。廃墟、と呼んでも差し支えは無いだろう。
そんな館が、こんな陽気に、こうも騒がしいのは、元はと言えば、「館の主」が口にした、突拍子もない計画が要因であった。
「突然ですが、明日から旅行に行ってきます。……みんな、行く?」
それは、提案と言うよりも、確認という方が正しかっただろう。何故なら、彼らの中には、旅行先が自身の故郷という者も居る。そもそも、この館の主権者が、これから行く地方の出身なのである。結果は問いかけよりも以前から、明白なものであった。
と、このように記すと、絶対的な主権者による専制的な体制がとられている、と解されるかもしれない。しかし実際には、それは否である。何せ彼らは、元々好奇心と遊び心……いいや、悪戯心と言うべきか……兎も角、そのような意思の塊のような面々である。しかも、彼らには旅に必要な物など、自らの身体の他には無い。急な提案にも関わらず、異を唱える者が皆無であったのは、そのためである。
ところで、この主権者というのが、中々の曲者なのである。仮にも他称として「神」とされ、崇められ、また恐れられているのがこの生物である。明らかにこの廃屋には入りきらないであろうという、巨大な身体でとぐろを巻きながら、自身の寝床に鎮座している。専制を強いても不思議では無い存在であるにも関わらず、彼はそういう無粋なことはしない。むしろ今現在の彼は、大きな身体の上で赤い単眼を光らせる「死神」に、何やら説教をされているようだ。
『何をしているのです、ギラティナ様。今何時だとお思いです。このままですと、あの方の時間に間に合いません。早く起きてください。いえ、何でも良いのでもう起きなさい』
……完全にお母さんである。どうやら、時間ギリギリになっても動こうとしない神様を、勇敢にも嗜めているらしい。それに対する我らが反転世界の神のお応えがこちらである。
『……まだ大丈夫だよ。あと五分も残ってる。俺から見た五分なんて、一日でもまだ納まらないくらいの時間だよ?ということで、二秒前くらいにまた起こして。よろしく頼んだ』
……完全にグータラ息子である。流石は神と他称される者、その言い訳のスケールも神仕様である。神の相手をするのも難儀なものである。何、二秒前って。
『貴方様が良くても、我々は良くないのです。ましてやあの方にとっては尚更。ニンゲンにとっての五分前というのは、刹那の時と等しいでしょう。その時間を耐えるということは、精神衛生上よろしくない。それに、残るは貴方様だけ。他の者は、とっくに支度が出来ているのですよ』
『だから、俺は大丈夫だって。間に合うって。アイツもわかっているハズだ。何せ、この俺が仕えているヤツなんだぜ?そのアイツが、俺を起こしに来ないんだ。俺が信用ならずとも、アイツは信用出来るだろ?』
『そういう問題ではないのですよ、まったく……。もし遅れたりしたら、置いていきますからね』
『そうそう、物わかりの良いヤツは好きだぜ』
『序でに時の神や空間の神にも打診しておきます』
『おいお前、何してる、早く出発するぞ。グズグズしてんなよ!』
『そうそう、その調子ですよ。早いところ、向かいましょうか』
『というかお前、よくアイツらと接触出来んな!抜け目無さすぎだろ!』
『……ふふっ……』
『怖!悪魔か貴様!』
『死神、ですかねぇ。貴方様の前でそう称するのは、いささか不遜ですけれどね』
はたして、どちらが神なのか。というか、もう神とは何なのか。
これでも一応スゴいお方なのですけれどねぇ……ええ、それはもう、筆舌しがたいくらいスゴいお方で……この世の安定を保ち、またこの世界を見守る役目を負うくらいには……
兎も角、そのようなやり取りを経て、廃屋の住人達は、ニンゲンに付き添い旅行へと旅立った。向かうは北方の地。ニンゲンの世界では、「ホウエン地方」と称される、広大な地方へと、飛び立ったのである。
残された廃屋は、やがてその姿を消した。いや、廃屋のみならず、その建物が立ち尽くしていた場所そのものが、霧のように消えてしまった。住人達の安否を気遣い、見送るように。彼らの居場所を守るかのように。彼らが廃屋を視認出来ない距離まで離れて行った、そのあとで。