買い出し前の冷凍庫

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心の霧払い

2017-05-11 10:30:09 | 霊ポケ妄想(お話風)
 優しいそよ風に、月明かり煌めく丑三つ時のこと。
 火照った身体と頭に染み渡るような心地好い気候の中を、私は夢遊病患者のように呆然と、それでいて、何かに導かれているように、淀みなく歩を進めていた。

 ここは……いったいどこなのだろう。頭が働かない。酷くモヤモヤする……頭に霧か靄でもかかっているようだ。
 見覚えのある、よく見知った場所……のような気はするが、一向に思い出す気配はない。そもそも、私は何故こんな夜中に出歩いているのだろう。夜の散歩は、しない……いや、出来ないハズなのだが。



 『あれー?どうしたのー?珍しいねー』



 ──不意に見知った顔が現れた。おやつなのだろうか、食べかけの木の実を抱えている。その顔は、絵に描いたようなキョトン顔であった。ほら、その目なんか、漫画のように点になって……ああ、いや、それはデフォルトか。
 おそらく、感情と表情との連結具合において、この子に叶う者は居ないだろう。そのことがわかっているために、豊かすぎるその表情は、私の余計な思考を削ぎ落としてくれる。
 普通なら冷たさを感じるだろうその単調な声質も、この子の場合はどこか温かく感じられる。そんな、空気のように軽快かつフワフワした口調で、私に声をかけてきた。



 ええと……そうだな。ちょっと考え事……をしていてね。それに今日はとても気持ち良さそうな気候だし。

 『へー、そうなんだ。ホントに今日は気持ちいいよねー』

 うん。ところで、君は何をしていたの?

 『ぼく?ぼくはねー……あ、そうだ。そんなことよりも、なにかあったのー?』

 ……え?いや、ええと……



 あれれ、おかしいな?もしかして、私の話、華麗に流された?
 少しだけ、そんなことを考えてしまったが、すぐにそれを打ち消した。この子のマイペース加減は、これまで何度も見てきた。私たち人間の感覚で言えば、本能に忠実なだけなのだ。今は自分のことよりも、私のことの方が気になる事項であった、ただそれだけなのだ。
 それにしても、話の外れ方がまた独特だ。何かあったの、か。流石はこの子も「彼ら」の一員だけある……もしかしてこれも本能……いや、直感?
 確かに、私の心の中は今、霧がかかった状態なのだ。その霧は非常に濃く、私自身原因が何なのか、わかっていない。もしかすると、私が今この場所で歩いているのも、それが原因なのだろうか。
 しかし……まあ、余計な心配はかけない方が良いだろう。



 いいや、特に何もないよ。大丈夫。

 『ふーん。あ、ちょっと待っててー。折角だし、一緒に散歩しようよー。みんな呼んでくるからさー』

 ……あれ?

 『あ、絶対動いちゃいけないよー?ぼくとの約束ねー?』

 いや、あの……


 そう言うと、この子は持っていた木の実を一口で平らげ、瞬く間にその場から去ってしまった。この子にしては珍しく、強引な態度だったのが印象的であった。しかし、その前に……
 ……これ、やっぱり私の話聞いてもらえてないよな。というより、聞く気が無いんじゃなかろうか。本当、なんなんだろうこの子は……
 愛着と呆れの感情を抱きながら、あの子の言う通りにしばらく待ってみることにした。まあ、そもそも私は目的も無く歩いていた訳だし、これも気晴らしにはもってこいなのではなかろうか。
 あの子が来たときから、私の足は、その場で動きをやめてしまっていた。






…………
……

 しばらくして、あの子は戻ってきた。……単眼で真っ黒い同伴者を一人伴って。その時から、どことなく、辺りの気温が下がった気がした。
 ……あれ?一人?さっき"みんな"って……聞き間違えかな。それに……おかしいな。なんだろう。"怖い"……?



 『あ、ほら、いたいた。こっちこっちー』

 『ふう……まったく。どうして貴方はこんなところに来られたのですか。我々も肝を冷やしましたよ……』

 お、お疲れ様です……貴方も一緒に行くんですか?

 『……なるほど。いや、失礼を致しました。仰る通り、今宵は私もご一緒させていただきます』

 『散歩するなら、やっぱり大勢の方が楽しいからねー』

 そ、そういうものなのかなぁ……?



 私としては、普通散歩とは一人でするものだと思うのだが……だって、その方が気楽だし。自由だし。まあでも、確かに同伴する者にもよることだ。一概には言えないか……



 『さ、参りましょうか。……その前に、彼からおまじないをかけていただいては如何でしょう。今宵は少し趣向を変えて、"空の散歩"をしてみませんか?』

 なにそれ、めっちゃしたい。絶対気持ちいいじゃんそれ。

 『じゃあ、決まりだねー。ぼくの得意技だから、安心してー。それじゃあ、行くよー、ちょっと目を閉じててねー』



 彼らの言う通りに、私は目を閉じた。暗闇の中で、月の明かりが瞼を透けて見える気がする。
 彼らが何やら呟き出した。今話していた、おまじないというやつだろうか。少しして、突然不思議な感覚に包まれた。先程とはうって変わって、とても心地の良い、安心の中に居る感覚。上下の認識が無くなり、水の中で漂っているような感覚。宇宙空間で生活出来るなら、それはこんな感じなのだろう。
 そしていつしか、とても不安定な感覚に襲われた。まるで、本当に私の精神が、宙に浮かんでいるような……浮かんで……あれ?



 『はい!もういいよー』

 『慌てないでくださいね。まずは身体を動かさず、落ち着いて、ゆっくり目を開いてみてください。大丈夫です、我々が居ますから』



 恐る恐る目を開けてみる。どうやら今私の身体は空と対面しているらしい。先程と比べ、あの煌めく月が大きくなった気がする。……え?あれ?これ……スゴい、本当に浮いてる!私空飛んでる!何これ怖い!



 『そうです。今私たちは今、宙に浮かんでいます。怖がることはありませんよ。慣れるまで、私が支えとなりましょう』

 『どうー?楽しいでしょー?大きい声を出すと、もっと楽しいよー?』

 え、ホントに?わかった、やってみる!イィィィィィヤッホォォォォォォオオオ!

 『おー、いいねいいねー!』

 『はっはっは。良いお声です。貴方に楽しんでいただけて、私達も安心致しました』

 『ホントにねー!良かった良かったー!』

 『ふふ。……さて、このまま半刻ほど、漂ってみましょう。ただし、ひとつだけお約束ください。決して、"地面を直視してはいけません"よ。おまじないが切れてしまいますから。視界の端に入るくらいなら、問題ありませんが』




 彼からの忠告について、私はさほど違和感は感じなかった。それよりも、現在のこの状況を、より長く楽しむことの方が、その時の私には先決だった。

 とても良い気持ちだった。
 自分は何処へでも行けるような、何も私を縛ることは出来ないというような、圧倒的な高揚感と解放感。まるで自分が、大空を吹く風になったかのような躍動感。それらすべてが私を包み、底無しの幸福感が押し寄せた。

 空を飛ぶ、といえば、私は手を広げ、Tの字になって飛ぶものを想像していた。しかし実際にはほとんど直立の状態で飛んでいた。
 空気抵抗やなんかは……ということも気になったのだが、こうして飛んでみると、思いの外抵抗は感じられない。まるで私の身体が透き通り、実態を失い、すべてを透過している……そんな錯覚にすら襲われるほどである。
 しかしそれでいて、空気の壁の存在は、ハッキリと感じられた。風に優しく包み込まれている感覚であった。

 眼下には──と言っても、彼の忠告を守り、直視はしていないが──蒼く煌めきながら立ち並ぶ木々が、風に揺さぶられることで、見事な演奏が繰り広げている。遠くに見える町中では、ほとんどすべての家々が寝静まる中、時折車の明かりが、市街地の迷路の中を滑らかに這っている。そして、それら一切を、淀みない月明かりが照らしている。
 筆舌し難いほどの、素晴らしい景色を堪能しながら、私は我を忘れて彼らと共に飛び回っていた。







…………
……

 さて、どのくらい経ったのだろう。さっき彼は、"半刻ほど飛び回る"と言っていた。……いや、"半刻ほど漂う"だったかな。まあいい。
 とにかく、そう言うからには、まだそれほど時間は経っていないのだろう。しかしながら、私の体感では、もう数時間も楽しんでいるように感じられた。
 不意にあの子が声を上げた。



 『あっちの方の空を見てー!だいたい、あそこらへんだよー!ぼくらの家ー!』

 『おお、改めて見ると……良い屋敷ですね。あの明かりは……そうですか、そろそろご飯が出来上がるみたいですよ』



 あの子の指す方向……の空を見ると、真っ暗な町中に、一件だけ、昼間のように明るい家が見える。一瞬、近所への迷惑を考慮したが、その実近隣の家々は、まるでそこにそんな家など無いかのように、どの家も寝静まっている様子だった。



 『あそこに到着する辺りで、丁度半刻です。もう大丈夫でしょう。そろそろ、終わりの時間です。いずれ……そう、機会がありましたら、また空の散歩を致しましょう。……今度は、皆でちゃんと家から出発して、ね。
 ライドさんも、お疲れ様でした。報せてくれてありがとうございました』

 『ホントにびっくりしちゃったよーもー。ヨノワさんが居てくれてよかったー。けど、結局ぼくも楽しかったよ!』

 『ふふ、そうですね。私も楽しめました。……さてと、あとはお待ちかねの"ご飯"の時間です。急いで戻りましょう』

 『さんせー!』



 彼らの言葉は、途中から聞き取ることが出来なかった。降下が始まると、私が下を見ないようにするためだろう、彼がその大きな手で、私の顔をしっかりと包みこんだためだ。彼の手は、とても暖かかった。
 そして、そのまま、私の意識は遠退いていった。晴れやかな心の中で、そよ風のような幸福感が吹いていることを、強く感じ取りながら。






…………
……


 『あ、起きたみたいだねー』

 『おはようございます。朝になりましたよ』

 「……ああ、おはよう、ヨノワ、ライド」

 『どうされました?』

 「いや、なんだか唐突に気分が良くてさ。昨日までモヤモヤしてたものが無くなったみたい……なんだけど……」

 『あら、それは良かったねー』

 『良い夢でも見られたのですか?』

 「それが、思い出せなくてさ……朧気ながら残ってるものはあるんだけれどね」

 『ほう?それはどのようなものです?』

 『きかせてきかせてー』

 「……変なこと言ったらゴメンね。あのさ、私、最近ゴルーグさんかシロデスナさんに何かした……とかって話、聞いてない?」

 『いーや?そんな感じはしなかったよー。ヨノワさんはどう?』

 『……?いえ、特には……何かされたのですか?』

 「いや、私としては特にしてないハズなんだけど……なんだか、直視しちゃあいけないんじゃないかって気がしてさ」

 『……!』

 『……なるほど。
 それはおかしな話ですね。詳細は私達にはわかりかねますが、おそらく、気にすることは無いでしょう。"地面を直視してはいけない"なんてルール、ここにはありませんからね』

 「えっ!?……あ、いや、うん。そうだよね。そりゃあそうだ。……にしても、なんでだろう……?」

 『さあ。夢というものは、不思議な世界ですからね。兎に角、気にすることはありません。さあ、お食事は出来ていますよ』

 「……まあ、いいか。なんだか気にならなくなったし。すぐ行くよ」

 『おっけー』

 『お待ちしています』

 「……あ、ちょっと待って」

 『なにー?』

 『どうしました?』

 「あのさ。なんだか……君らも、何か良いことあった?」

 『あー……うん、まあねー』

 「へぇ。何、聞かせてもらえない?」

 『そうですね……実は昨夜、我々にとってのご馳走が、手に入りましてね……?』



 そう言って、普段と違う表情をする彼ら。その顔には見覚えがあった。
 それは、彼らがここに来る前の、私と敵対関係にあったときに浮かべていた、あの冷酷で非情の表情だった。
 そして私には、彼らの"ご馳走"が何なのか、不思議とよくわかるような気がした。背筋に走る悪寒の存在を、意識せずにはいられならなかった。

ある眠れない夜の不思議

2017-05-09 03:53:25 | 霊ポケ妄想(お話風)
 気が付けば既に桜は散り終え、夏は今年も訪れる。
 酒でも頂戴したくなるような月明かりに照らされながら、私は今夢の世界へ旅立とうとしている。少なくとも、私の心はそれを切望しているのだが。

 「……」

 困った。眠れない。
 寝床に横たわってからかなりの時間が経過した気がするのだが、どうやら私の頭は眠りを拒絶しているらしい。何の不満があるのだろう。明日の支度は終えた。昼間のうちに買うものも買ったし、携帯充電器も絶賛充電中である。ゲームの電源……いや、趣味関連にはこのところ触れていない。よって何かの片付け忘れという線も無い。
 それなのに、時間の経過に従って、私の脳は冴え渡る一方である。そして気分は下落の一方である。この蒸し暑さのせいなのだろうか。

 『……まだ寝ていなかったの』

 足下から、どこか呆れているような声が響いてきた。

 『明日も早くに出かけるのでしょう?何故眠らないの?』

 そんなことを私に言われても困る。現状誰よりも睡眠を望んでいるのは、間違いなく私であるハズだ。私が反射的に心の内で反抗すると、それを知ってか知らずか、呆れ声は言葉を続けてきた。

 『何か悩み事がありそうね。聞いてあげましょうか?試しに話してごらんなさいな』

 「……」

 悩み事……
 ほとんど無意識に掛け布団をかき集めながら、私は意識的に頭を働かせてみた。そうだ、私が睡眠に対してここまでの苦労を強いられているのは、確かに悩み事のせいだ。それは間違いない。だが、果たしてこれらをどう言い表せば良いのだろう。
 試しにひとつの悩み事を取り上げようとしても、途端にその他の悩み事がでしゃばってきて、上手く言葉を紡ぐことが出来ない。まるで、悩み事自体が自我を持って、私の脳内に籠城してしまっているようだ。
 ……いいや、違うな。正しく言い表すなら、一人しか通れない扉に、数十人がいっぺんに群がった結果、全員が立ち往生してしまっている、とするべきかもしれない。いずれにしても、今の私の努力が報われることは無さそうである。
 黙々と困り果てていると、不意に私の額に冷たいものが触れた。それは、高熱を発している時の熱冷ましの如く、とても心地の良い冷たさだった。

 『まったく、相変わらず不器用な……私は何も、手順を追って正しく発表をしろ、なんて言ってないわよ。筋道なんて通っていなくて良いんだから。ほら、頭を冷やして、少しずつ吐き出してみなさいな』

 「……」

 何故だろう。とても心地が良い。
 私は本来、誰かに触られたりするのを好まない。あるいは私自身の内面のことを誰かに話したり、触れられたりすることを好まない。嫌悪、とまではいかないが……そして少なくとも、誰かわからない相手に対しては、決して良い心地などしないハズなのだ。
 それにも関わらず……今の私は、非常に良い気分だ。心無しか、脳内の悩み事も整理がついた気がする。何より、誰とも知らぬこの冷たい相手の全てが癒しに感じる。それは何故だろう。
 大袈裟だが……もしもこのまま、この冷たい相手に命を奪われ、息を引き取ったとしても、微塵も後悔をしないと断言出来る程に信用しているのは、何故なのだろう……

 ……あれ?そういえば、そもそもこれは、誰……いや、何なのだろう。まず私以外に、ここに住んでいる者も訪ねてくる者も無いハズなのだが……

 『ふふっ……そう、ゆっくりと……時間なんて気にしないで。遠慮なんてしないで良いんだから。今この場は、私と貴方だけの場……存分に吐き出しなさい。……貴方に潰れてもらうと、私達が困るのよ』

 『本当は貴方にも、"こちら側"に来てもらうのが楽なのだけれど……それはまあ、"その時"が来るまで取っておくわ。抜け駆けして、大切な魂を独り占めなんて……魅力的ではあるけれど、ルール違反だものね。兎に角、また遊びましょうよ。みんなで……待ってるわ』



…………
……




 けたたましいアラーム音が鳴り響く。憎き朝の到来らしい。

 「……」

 朝はいつでも嫌いである。ましてや、これから始まる夏のことなど考えたくもない。汗だくで目覚める時期が、またやってくるのか……あれ?
 ふと、違和感に気が付いた。何故私は、この時期にこんなに掛け布団を使っているのだろう。と、言うよりも、何故この部屋はこんなに涼しいのだろう。掛け布団を二枚重ねで寝て、汗ひとつかかないで済む、というような季節でも無いだろうに。

 「……まあ、良いか……出掛けなきゃ。」

 兎も角、快適である分に越したことは無い。そういえば、今朝はどことなく気分が良い。さっさと支度をして……

 「あ……ミスったな。気を付けよう……」

 消し忘れていた3DSの電源を落としてから、私は家を出た。

 ああ……ポケモンやりたい……