イッシュ地方の北西部。
フキヨセシティより北東へ少し移動したところに、古びた搭が聳え立っている。
この搭は、全階が墓石で埋め尽くされており、イッシュの全域から集められたポケモン達の魂を、一手に引き受け、鎮めるための巨大な墓地群となっている。
その名を「タワーオブヘブン」と言う。
この荘厳な搭にもポケモン達が住み着いて居る。確認されているのは、蝙蝠ポケモンの「ゴルバット」、蝋燭のような「ヒトモシ」、それに謎のポケモン「リグレー」。
彼らは、例えばお参りに来た人間達を、無闇に襲ったりはしない。彼らが牙を向くのは、搭の平穏を妨げる、無粋な輩のみと決まっている。
さて。この「タワーオブヘブン」と、そこに住むポケモン達に纏わる、奇妙な話が、フキヨセシティを中心に伝わっている。
多くの昔話の例に漏れず、この話にも多くのパターンが存在する。しかし、その題名は、誰に聞いても一貫しているから不思議である。
その話の名は、『灯火の怪』という。
───────
その日は、その年の夏のうち、特にムシムシとした熱帯夜だったそうである。
町の若者達が、フキヨセシティの北の外れに寄せ集まっていた。
彼らの目的は、タワーオブヘブンの屋上にある蝋燭を、一人一本ずつ取ってくること。
要するに、肝試しである。
若者達は、皆一様に興奮していた。
それは、肝試しというイベント自体に対する気持ちもあろう。しかし、その大半は、別のところに要因があった。
肝試しの計画が持ち上がった際、町の大人達は非道く反対した。中には力ずくで計画を破綻させようとする者も居たくらいだった。
あとで思い返すと、大人達の言葉に従っておけば良かったと、誰もが考えるに至っただろう。しかし、その時の彼らが、後に控える出来事を予知できる訳もない。彼らが抱く感情は、また大人達が五月蝿いよ、とその程度であった。
彼らの興奮は、そういった大人達の抑止を降りきり実行する、その背徳感にあった。
大人達の言い分は、「あの搭は遊び場では無い」だの、「呪われるぞ」だの、とても現実的なものでは無かった。
無論、若者達も搭に住むポケモンのことは知っていた。しかし、我々は何も、ポケモンに危害を加えたりする気は微塵も無い。それに、もう子どもではないのだから、と、大人達の声を一蹴した。
しかし、その中でも、若者達の中に引っ掛かっている文言が、ひとつだけあった。それは、町の長老が放ったこの言葉。
「夜の蝋燭は、必ず灯っていなければならない。あの搭で、蝋燭の火は絶対に消してはいけない」
若者達は不気味に感じたが、これも反抗心からか、その言葉のために、彼らは蝋燭を用いようと思い付いてしまったのだった。皮肉なことである。
さて、そんな彼らの企みが、実行に移される時が来た。彼らは一人ずつ、搭を目指して意気揚々と出発していった。
────────
その男の子の順番は最後であった。ひとり、またひとりと搭へと姿を消していく仲間の姿に、既に燃え上がっていた興奮は、更に激しい業火となっていた。
ただ一つ、先に搭へ向かった仲間達が、一向に帰ってこないことが不安であった。
しかし、彼らは仲間内でも悪戯好きな者たちである。そのため、どうせ搭の中で驚かす側に回ったのだろうと考え、彼らならどう驚かしてくるか、ということで頭は一杯だった。
長老の言葉など、とうの昔に忘れ去っていた。
遂にその男の子の番が来た。
目前に搭は見えるものの、そこへ至る道のりはぼんやりと見えるくらいで、その他は全てが暗闇の限りである。搭の根元が木々で隠れているため、視覚で捉えている以上に距離があるように思えた。
男の子は、妙な緊張感と高揚感を感じながら、その一歩を踏み出した。
男の子は暗い闇の中を歩き続け、数分後には搭の入口に辿り着いていた。
足元の土に幾多の靴跡が刻まれていることを確認し、少し安堵した男の子は、大きな扉に手を掛けた。
ズッシリと重い扉を開くと、そこは静寂の世界であった。まるで外界から遮断された別世界に足を踏み入れたような感じであった。
急激に気温が下がったように感じ、ブルッと震えた男の子。誰かから隠れるように、抜き足差し足で階段まで辿り着くと、その冷たい石段を慎重に踏み締めていく。
上階には、いくつもの墓石が立ち並んでいた。覚悟はしていたものの、いざ相対してみると、どうしても身体の震えを抑えることが出来なかった。
それでも男の子は引き返しはしなかった。自分の目的は、更に上階にある蝋燭を取ってくることである。ここで引き返して仲間の笑い者になるのはまっぴら御免だった。
意を決して歩き出した男の子。墓石の合間を縫うようにして、次の階へ続く階段へと辿り着いた。
辺りは相変わらずの真っ暗闇であった。
三、四、五階と、順調に歩を進めていく男の子。暗闇にも慣れてきたところで、ひとつの疑問を抱き始めた。
自分の前に搭へ来たハズの仲間達の姿が見えないが、いったい何処に居るのだろう。そろそろ出てきても良い頃合いだと思うのだが……
いや、わかった。アイツら、屋上で待ち構えていやがるな。
仲間達の目論見を看破してやったという気持ちから、その足にも軽快さが増し、遂には搭の屋上へと辿り着いた。
そこには、この搭の象徴とも言われる大きな鐘が、専用に築かれた祭壇の中に鎮座していた。その鐘の下に、一本の蝋燭が、男の子の到着を待ち構えていたかのように静かに立ち尽くしている。
はて、仲間達の姿が見えないが……?
自信の思惑が外れたことがわかり、再び不安に駆られる男の子。しかし、今はそれどころではない。目前に見えている、一本の蝋燭を持って帰らなければ、自身の目的は達成しない上、この搭からも降りられない。
男の子は、恐る恐る鐘の下へと歩み始めた。
鐘の下に突っ立っている蝋燭の灯りは、とても弱々しく思えた。しかし、鐘に守られているのだろうか、強い風の吹くこの屋上でも、吹き消えることなく灯っていた。
近付くにつれ、男の子はある違和感を覚えた。その蝋燭が、出発前に確認したものよりも、ずっと太く、また大きなものに見えたためである。
蝋燭に手の届く距離まで近付くと、その違和感は明確な恐怖となって男の子の全身を震わせた。明らかに先程確認した蝋燭ではない。
仲間達の悪戯であろうか。いいや、彼らは誰一人としてこんな蝋燭は持っていなかった。それどころか、こんなに大きな蝋燭を扱っている店すら、この辺りでは無い筈である。
その時、忘れていた筈の長老の言葉が、男の子の脳内に響き渡った。
『あの搭で、蝋燭の火は絶対に消してはいけない……』
急に背中に冷水を浴びせられたような感覚が男の子を襲った。全身が凍りつき、目線も蝋燭の灯りから離すことが出来なくなっていた。
蝋燭の灯りは、恐ろしい強風の中で、未だに弱々しく揺れていた。
どのくらい経ったのだろう。
実際には数分と経っていないのだろうが、とてつもなく長い時間、蝋燭とにらめっこをしているように思える。延々と終わらないにらめっこを……。
しかし、不意に頬に落ちてきた水滴によって、その不毛なにらめっこは終わりを告げた。どうやら雨が降ってきたらしい。
金縛りから解かれた男の子は大慌てである。
蝋燭の火を消してはいけない。その言葉が楔のように突き刺さっている男の子にとって、雨は最大の敵であった。
否、敵は雨ばかりではない。屋上を駆け回る風もまた、大敵の一つであった。あのようにか細い火など、この風にかかればひとたまりもないだろう。
最早男の子は、肝試しどころでは無くなっていた。しかし、焦りながらも、不思議と彼は冷静さを取り戻していた。
彼の胸中には、どのようにしてこの蝋燭の灯を守り抜こうかという、使命感のような感情のみが燃え上がっていた。先程まで彼を支配していた恐怖や不安は、もう何処かへ消えてしまっていた。
兎に角、早く蝋燭を屋内へと避難させなければならない。
男の子がそう心に決めた、その瞬間だった。今の今まで、ごく弱々しいものであった灯が、突然勢いよく燃え上がり出したのである。
その勢いたるや、彼の手元はおろか、搭の屋上全体を、まるで昼間のように照らし出す程であった。
彼にとって、それは目の前で大規模な爆発が生じたのと同義である。既に消耗していた彼の意識では、それに耐えることは出来なかった。
男の子は、糸がプッツリ切れたように崩れ落ち、夢の世界へと旅立って行った。
ただその時、視界の端で、天へと飛び去るピンク色の『何か』が見えたような気がした…………。
────────
男の子が目覚めたのは、肝試しから三日経った夜であった。
大人達の話によると、男の子を含む全員が、町の北側のゲート、すなわち、彼らが肝試しへと向かうために集まったあの場所に倒れていたらしい。
しかも、その男の子に限っては、その時非道い高熱を出していたそうである。
……いや……
今回の場合、「男の子は、むしろ高熱程度で済んだ」と言うべきだろう。何故なら……
他の肝試しメンバーは、全員が未だに眠っていると聞かされた。外傷や高熱などの症状も、苦しんでいる様子もないという。
ただ一点。息をしているのが不思議なほどに、彼らの身体は冷たくなっていた、と知らされた。
男の子自身も、実際に見舞いに行った。横たわる彼らの冷たい身体に触れたその時、咄嗟に彼はこう感じたそうである。
彼らはきっと、蝋燭の火を消してしまったのだろう。あの蝋燭は、きっと自分たちのことだったんだ。自分たちの火を……『熱』を、消してしまったから……
男の子は、友人たちが眠る部屋の隅で踞ってしまった。
彼の胸中では、2つの強い感情が渦巻いていた。
ひとつは、肝試しなんてしなければ良かった。大人達の言葉を無下にしなければ良かった。そういった後悔の念である。
もうひとつは、何故自分だけ助かったのか。何故自分は火を守ったのか。何故みんなは火を守れなかったのか。そういった、孤独の念であった。
日が傾き、親や他の大人達が慰めに来ようと、彼の心は冷えきったままであった。彼はぼんやりと、こう考える。
『今、自分の蝋燭の火は、あのときあの塔の屋上で見た以上に、弱々しく、微弱なものなのだろう。いつ消えてしまっても、おかしくはない程に……』
いつの間にか、窓の外は夜に包まれていた。しかしそれは、不思議なことに、あの夜とはうってかわって、どことなく暖かく、優しいものに感じられた。
まるで、冷たくなった男の子の心を、慰めるかのように。
フキヨセシティより北東へ少し移動したところに、古びた搭が聳え立っている。
この搭は、全階が墓石で埋め尽くされており、イッシュの全域から集められたポケモン達の魂を、一手に引き受け、鎮めるための巨大な墓地群となっている。
その名を「タワーオブヘブン」と言う。
この荘厳な搭にもポケモン達が住み着いて居る。確認されているのは、蝙蝠ポケモンの「ゴルバット」、蝋燭のような「ヒトモシ」、それに謎のポケモン「リグレー」。
彼らは、例えばお参りに来た人間達を、無闇に襲ったりはしない。彼らが牙を向くのは、搭の平穏を妨げる、無粋な輩のみと決まっている。
さて。この「タワーオブヘブン」と、そこに住むポケモン達に纏わる、奇妙な話が、フキヨセシティを中心に伝わっている。
多くの昔話の例に漏れず、この話にも多くのパターンが存在する。しかし、その題名は、誰に聞いても一貫しているから不思議である。
その話の名は、『灯火の怪』という。
───────
その日は、その年の夏のうち、特にムシムシとした熱帯夜だったそうである。
町の若者達が、フキヨセシティの北の外れに寄せ集まっていた。
彼らの目的は、タワーオブヘブンの屋上にある蝋燭を、一人一本ずつ取ってくること。
要するに、肝試しである。
若者達は、皆一様に興奮していた。
それは、肝試しというイベント自体に対する気持ちもあろう。しかし、その大半は、別のところに要因があった。
肝試しの計画が持ち上がった際、町の大人達は非道く反対した。中には力ずくで計画を破綻させようとする者も居たくらいだった。
あとで思い返すと、大人達の言葉に従っておけば良かったと、誰もが考えるに至っただろう。しかし、その時の彼らが、後に控える出来事を予知できる訳もない。彼らが抱く感情は、また大人達が五月蝿いよ、とその程度であった。
彼らの興奮は、そういった大人達の抑止を降りきり実行する、その背徳感にあった。
大人達の言い分は、「あの搭は遊び場では無い」だの、「呪われるぞ」だの、とても現実的なものでは無かった。
無論、若者達も搭に住むポケモンのことは知っていた。しかし、我々は何も、ポケモンに危害を加えたりする気は微塵も無い。それに、もう子どもではないのだから、と、大人達の声を一蹴した。
しかし、その中でも、若者達の中に引っ掛かっている文言が、ひとつだけあった。それは、町の長老が放ったこの言葉。
「夜の蝋燭は、必ず灯っていなければならない。あの搭で、蝋燭の火は絶対に消してはいけない」
若者達は不気味に感じたが、これも反抗心からか、その言葉のために、彼らは蝋燭を用いようと思い付いてしまったのだった。皮肉なことである。
さて、そんな彼らの企みが、実行に移される時が来た。彼らは一人ずつ、搭を目指して意気揚々と出発していった。
────────
その男の子の順番は最後であった。ひとり、またひとりと搭へと姿を消していく仲間の姿に、既に燃え上がっていた興奮は、更に激しい業火となっていた。
ただ一つ、先に搭へ向かった仲間達が、一向に帰ってこないことが不安であった。
しかし、彼らは仲間内でも悪戯好きな者たちである。そのため、どうせ搭の中で驚かす側に回ったのだろうと考え、彼らならどう驚かしてくるか、ということで頭は一杯だった。
長老の言葉など、とうの昔に忘れ去っていた。
遂にその男の子の番が来た。
目前に搭は見えるものの、そこへ至る道のりはぼんやりと見えるくらいで、その他は全てが暗闇の限りである。搭の根元が木々で隠れているため、視覚で捉えている以上に距離があるように思えた。
男の子は、妙な緊張感と高揚感を感じながら、その一歩を踏み出した。
男の子は暗い闇の中を歩き続け、数分後には搭の入口に辿り着いていた。
足元の土に幾多の靴跡が刻まれていることを確認し、少し安堵した男の子は、大きな扉に手を掛けた。
ズッシリと重い扉を開くと、そこは静寂の世界であった。まるで外界から遮断された別世界に足を踏み入れたような感じであった。
急激に気温が下がったように感じ、ブルッと震えた男の子。誰かから隠れるように、抜き足差し足で階段まで辿り着くと、その冷たい石段を慎重に踏み締めていく。
上階には、いくつもの墓石が立ち並んでいた。覚悟はしていたものの、いざ相対してみると、どうしても身体の震えを抑えることが出来なかった。
それでも男の子は引き返しはしなかった。自分の目的は、更に上階にある蝋燭を取ってくることである。ここで引き返して仲間の笑い者になるのはまっぴら御免だった。
意を決して歩き出した男の子。墓石の合間を縫うようにして、次の階へ続く階段へと辿り着いた。
辺りは相変わらずの真っ暗闇であった。
三、四、五階と、順調に歩を進めていく男の子。暗闇にも慣れてきたところで、ひとつの疑問を抱き始めた。
自分の前に搭へ来たハズの仲間達の姿が見えないが、いったい何処に居るのだろう。そろそろ出てきても良い頃合いだと思うのだが……
いや、わかった。アイツら、屋上で待ち構えていやがるな。
仲間達の目論見を看破してやったという気持ちから、その足にも軽快さが増し、遂には搭の屋上へと辿り着いた。
そこには、この搭の象徴とも言われる大きな鐘が、専用に築かれた祭壇の中に鎮座していた。その鐘の下に、一本の蝋燭が、男の子の到着を待ち構えていたかのように静かに立ち尽くしている。
はて、仲間達の姿が見えないが……?
自信の思惑が外れたことがわかり、再び不安に駆られる男の子。しかし、今はそれどころではない。目前に見えている、一本の蝋燭を持って帰らなければ、自身の目的は達成しない上、この搭からも降りられない。
男の子は、恐る恐る鐘の下へと歩み始めた。
鐘の下に突っ立っている蝋燭の灯りは、とても弱々しく思えた。しかし、鐘に守られているのだろうか、強い風の吹くこの屋上でも、吹き消えることなく灯っていた。
近付くにつれ、男の子はある違和感を覚えた。その蝋燭が、出発前に確認したものよりも、ずっと太く、また大きなものに見えたためである。
蝋燭に手の届く距離まで近付くと、その違和感は明確な恐怖となって男の子の全身を震わせた。明らかに先程確認した蝋燭ではない。
仲間達の悪戯であろうか。いいや、彼らは誰一人としてこんな蝋燭は持っていなかった。それどころか、こんなに大きな蝋燭を扱っている店すら、この辺りでは無い筈である。
その時、忘れていた筈の長老の言葉が、男の子の脳内に響き渡った。
『あの搭で、蝋燭の火は絶対に消してはいけない……』
急に背中に冷水を浴びせられたような感覚が男の子を襲った。全身が凍りつき、目線も蝋燭の灯りから離すことが出来なくなっていた。
蝋燭の灯りは、恐ろしい強風の中で、未だに弱々しく揺れていた。
どのくらい経ったのだろう。
実際には数分と経っていないのだろうが、とてつもなく長い時間、蝋燭とにらめっこをしているように思える。延々と終わらないにらめっこを……。
しかし、不意に頬に落ちてきた水滴によって、その不毛なにらめっこは終わりを告げた。どうやら雨が降ってきたらしい。
金縛りから解かれた男の子は大慌てである。
蝋燭の火を消してはいけない。その言葉が楔のように突き刺さっている男の子にとって、雨は最大の敵であった。
否、敵は雨ばかりではない。屋上を駆け回る風もまた、大敵の一つであった。あのようにか細い火など、この風にかかればひとたまりもないだろう。
最早男の子は、肝試しどころでは無くなっていた。しかし、焦りながらも、不思議と彼は冷静さを取り戻していた。
彼の胸中には、どのようにしてこの蝋燭の灯を守り抜こうかという、使命感のような感情のみが燃え上がっていた。先程まで彼を支配していた恐怖や不安は、もう何処かへ消えてしまっていた。
兎に角、早く蝋燭を屋内へと避難させなければならない。
男の子がそう心に決めた、その瞬間だった。今の今まで、ごく弱々しいものであった灯が、突然勢いよく燃え上がり出したのである。
その勢いたるや、彼の手元はおろか、搭の屋上全体を、まるで昼間のように照らし出す程であった。
彼にとって、それは目の前で大規模な爆発が生じたのと同義である。既に消耗していた彼の意識では、それに耐えることは出来なかった。
男の子は、糸がプッツリ切れたように崩れ落ち、夢の世界へと旅立って行った。
ただその時、視界の端で、天へと飛び去るピンク色の『何か』が見えたような気がした…………。
────────
男の子が目覚めたのは、肝試しから三日経った夜であった。
大人達の話によると、男の子を含む全員が、町の北側のゲート、すなわち、彼らが肝試しへと向かうために集まったあの場所に倒れていたらしい。
しかも、その男の子に限っては、その時非道い高熱を出していたそうである。
……いや……
今回の場合、「男の子は、むしろ高熱程度で済んだ」と言うべきだろう。何故なら……
他の肝試しメンバーは、全員が未だに眠っていると聞かされた。外傷や高熱などの症状も、苦しんでいる様子もないという。
ただ一点。息をしているのが不思議なほどに、彼らの身体は冷たくなっていた、と知らされた。
男の子自身も、実際に見舞いに行った。横たわる彼らの冷たい身体に触れたその時、咄嗟に彼はこう感じたそうである。
彼らはきっと、蝋燭の火を消してしまったのだろう。あの蝋燭は、きっと自分たちのことだったんだ。自分たちの火を……『熱』を、消してしまったから……
男の子は、友人たちが眠る部屋の隅で踞ってしまった。
彼の胸中では、2つの強い感情が渦巻いていた。
ひとつは、肝試しなんてしなければ良かった。大人達の言葉を無下にしなければ良かった。そういった後悔の念である。
もうひとつは、何故自分だけ助かったのか。何故自分は火を守ったのか。何故みんなは火を守れなかったのか。そういった、孤独の念であった。
日が傾き、親や他の大人達が慰めに来ようと、彼の心は冷えきったままであった。彼はぼんやりと、こう考える。
『今、自分の蝋燭の火は、あのときあの塔の屋上で見た以上に、弱々しく、微弱なものなのだろう。いつ消えてしまっても、おかしくはない程に……』
いつの間にか、窓の外は夜に包まれていた。しかしそれは、不思議なことに、あの夜とはうってかわって、どことなく暖かく、優しいものに感じられた。
まるで、冷たくなった男の子の心を、慰めるかのように。
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